エッセイスト 華恵さん|山に向かうと、すがすがしく謙虚でいられる

華恵さん 山歩のひと

フリーペーパー『山歩みち』2012年夏 008号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2012年時点

はなえ 1991年、アメリカ生まれ。6歳から日本に在住。10歳からファッション誌でモデルとして活動。2002年、全国小・中学校作文コンクール文部科学大臣賞を受賞。現在、東京藝術大学音楽学部に在籍。おもな著書に『小学生日記』(角川文庫)、『本を読むわたし』(筑摩書房)、『寄りみちこみち』(角川書店)、『華恵、山に行く。』(山と溪谷社)がある。◆オフィシャルサイト>>

ファッションモデル、エッセイスト、そして女優としても活躍する華恵さん。彼女の山へのかかわりかたは実直で深い。凛として、山への思いを語った。

山で生死を分けるすれすれなところ

――山登りを始めたきっかけはなんだったのでしょう。

華恵:小学校のころは、夏休みに家族で山に行っていたくらいでしたが、特別のめり込んではいませんでした。山に頻繁に行くようになったのは、中学生になってからです。

よくは覚えていないのですが、当時、写真家のホンマタカシさんに、私、山に行きたい、と話していたらしいんです。それで、ホンマさんのほか、雑誌の編集の人たちと山に行きました。春の天狗(てんぐ)岳でした。

残雪に足がずぼっずぼっと埋まると、雪の中には冷たい水が流れていて、冷たかったです。今度はどこに足をおこうか。ここにおいたらいいのかな…悪条件のなかで自分のカンを頼って歩くのが楽しくて。あと、そのとき、山に入るとこうも人とひととの距離をつめられるんだなって思いました。

――山歩きの師匠がいるとか。

華恵:私の山の師匠は、プロの山岳ガイド、今井制夫さんです。山に対してきびしいひとでした。たとえばストック。持ち方がまちがっていると、ハイ、それ持ち替え! と指導されます。山ではもっとまじめにやれ、と言われます。でもそれは、楽しさを阻害するものではなくて、もっといろんな風景に出会うためのものだと思います。

今井さんと日和田山にクライミングに行ったときのことです。私たちがクライミングを楽しんでいた裏側の岩場で、あるひとが墜落しました。レスキューが呼ばれ、そのうちにヘリコプターが飛んできました。純粋に、自然って怖いところなんだな、と思いました。ところが、事故処理が終わったころ、今井さんが、さあ、さっき墜ちたひとが取り付いた岩場を登ろう、と言い出したんです。ひとが亡くなったんだから、むずかしいルートなのだろうと思いましたが、登れました。墜ちた原因はロープの結び方にありました。

自分が登れる数メートルの岩場にしても、ロープの結びひとつで生死を分ける。きちんと山のルールを守っていれば、8000メートルの高所でも安全なのかもしれない。この不思議なすれすれ感。私の師匠が、山ではまじめにやれ、と言いたかったのはこのことだと思います。

山の師匠から譲り受けたATC(確保器)。まだ使ったことはない
山の師匠から譲り受けたATC(確保器)。まだ使ったことはない

山のお師匠から学んだこと

――今は、どんなふうにして、山登りを楽しんでいますか。

華恵:ほどなくして、今井さんは病気で亡くなってしまいました。一緒に歩くひとが、なにも言わなくなってしまいました。すると、歩きが変わりました。それまでは、まるで山で筋トレをしているかのように歩いていて、純粋に景色を楽しむことなんてありませんでした。いつもコースタイムばかりを気にしていました。自分で登り出すようになって、いろんなひとと登るようになって、好きな景色があればぼーっと眺めたり、行きも帰りも好きなペースで歩いてみたりするようになったのです。けれどこれは、もともとのペースがあったからこそだと思います。それを身につけられたのは、師匠のおかげです。

登山を始めたい、という同世代の女性が増えていますが、友だちでもいいから、山の師匠と呼べるひとをまずはみつけるとよいと思います。

仕事のつながりから始めた山登りでしたが、やがて師匠に巡り会い、今井さんには自分の歩きのペースを作ってもらいました。ほかにも、いろいろなひとと様々の山歩きをしながら、山について学びました。こうした山仲間がいたからこそ、今も山が好きで、続けてこれたのだと思います。

女人禁制など、山の文化にも興味をもつ
女人禁制など、山の文化にも興味をもつ

みえないものを感じ、みえないものを形にする

――東北にご縁があるとのこと。地震について思うことは。

華恵:地震の前後で大きく変わったことは、それまではなにかを自分の肌で感じたい、と思っていたのが、見えないものをもっと感じたいと思うようになったことです。

友人に何人かのカメラマンがいますが、放射能は写真に写らないから被写体として避けるひともいれば、逆にイメージを残したいというひともいます。そうしたイメージのなかでも、目をそむけたくものもあれば、涙する作品もあります。想像力について、すごく意識するようになったと思います。

山でいえば、本当にきれいでしかない景色を前に、これまでのナレーションでは、きれいですね、としか言えませんでした。ですが、その先にあるなにかを、探求してみたくなったのです。

そんな気持ちで山に接すると、見えないもの、聞き取れないものを感じ取れるようになったと思います。山に入ると今井さんの声が聞こえるような気がしたり、亡くなった祖父とつながりをもてるように感じたり…。

今、改めて山を考えてみると、山登りを始めたばかりの、神聖な気持ちになります。山に入るとき、教会に入っていくような神聖さを私は感じるのです。

華恵さん

写真=平山訓生

参考)著書

『華恵、山に行く。』 華恵

全国小・中学校作文コンクール文部科学大臣賞を受賞し、10代の頃から自分の本を何冊も出版している華恵さん。その中でもこちらは雑誌『山と渓谷』に連載した、登山やクライミングにまつわるエッセイをまとめた本です。登山技術やレベルうんぬんではなく、こどものようなピュアな目と、客観的に山と自分を見つめる大人の目とが同居していて、こんな感じ方ができるってステキだなと思ってしまいます。