クライマー・山岳ガイド スティーヴ・ハウスさん|人生がクライミング

スティーヴ・ハウスさん 山歩のひと

フリーペーパー『山歩みち』2012年秋 009号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2012年時点

スティーヴ・ハウス 1970年、アメリカ生まれ。18歳のときに留学したスロヴェニアで本格的にクライミングをはじめ、以来北米やヒマラヤで困難かつ独創的な登攀を実践。2005年、ナンガパルバット・ルパール壁を登攀し、ピオレ・ドール賞を受賞。1999年以降、パタゴニア社のアンバサダーを務める。

北米やヒマラヤを舞台に数々の難ルートをアルパインスタイルで登り、〝世界最強のアルパインクライマー〞と称される、スティーヴ・ハウス。あまりにも真摯で純粋なクライミングへの想いに、ぜひ耳を傾けてほしい。

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楽しいから登る。ただそれだけ

――今年、日本でもあなたの著書『垂壁のかなたへ』が出版されました。どんな想いから、この本を書かれたのですか?

スティーヴ(以下、S):19歳で初めてナンガパルバット(※1)に挑戦し、そのときは登れなかったのですが、その後さまざまな経験を積み、35歳で3度目のチャレンジをしたときには理想的なスタイルでこの山に登ることができました。私の中ではひとつの円が閉じた想いがして、そこでこれまでの自分のクライミングについて書いてみようと思ったんです。「30代で自伝のような本を書くのは早すぎないか」という声もありましたが、私としては記憶が鮮烈なうちに書きとめたかったのです。

※1 標高8126m、世界第9位の高峰。

――「ある人にとってのスロヴァク・ダイレクト(※2)は、別の人にとっては、デナリのノーマルルートかもしれない」という言葉が印象的でした。

S:読者が惹きつけられるのはスロヴァク・ダイレクトのようなドラマチックなストーリーです。ただ、「極限の登攀をしなければ、私がクライミングを通じて感じるような充実感や満足感は得られない」というスタンスでは、この本を書きたくなかった。どんな人でも、自分自身のクライミングや人生に起こるさまざまな経験を通じて、充実した生き方ができることを伝えたかったんです。

※2 2000年にスティーヴ・ハウスが登ったアラスカ・デナリ(6194m)南壁の難ルート。

――クライミングのなにに魅せられて、現在まで続けてきたのですか?

S:…難しい質問ですね。というのも、私にとってクライミングとは、単に山に登る行為だけを意味するのではなく、人生のすべての面に影響を与えてくれたものだからです。クライミングは生きるための哲学であり、人生そのもの。クライミングのない人生なんて想像できないぐらい、深く関わり合っています。ただ、ひとつ言えるのは「楽しいから登っている」ということでしょうか。ありふれた答えで申し訳ないのですが、ただそれだけのことかもしれません。根っこは極めてシンプルなんです。

もっと上手く登りたい──。そんな想いで、ひたすら追求しつづけたからこそ、山は自分にとって特別な存在になり、常にインスピレーションを与えてくれたんです。

数々の難ルートを登ってきた、肉厚な両手
数々の難ルートを登ってきた、肉厚な両手

――山以外の趣味は?

S:大半の時間はクライミングをして過ごし、それ以外は自分のクライミングをサポートする仕事をしています。つまり、登山の準備をしたり、買い物や洗濯をしたり。あとはパタゴニアのアンバサダーとして製品開発やテスト結果に関するEメールをやりとりしています。

――文字通り「人生がクライミング」なんですね。

S:ええ(笑)。

――そんなクライミングの世界で、あなたは高い評価を得ていますよね。たとえば、本の冒頭でラインホルト・メスナー氏(※3)があなたのことを「現時点で登山界の頂点に立っている」と表現しています。

S:メスナー氏をはじめ、多くの人から評価されることは、すごく光栄です。でも一方で、「自分のクライミングは、もはや自分だけのものではなくなってしまった」という戸惑いもあります。というのも、そもそも私は周りの評価を求めてクライミングをしていたわけではなく、自分のために登っていただけです。ところが今は、人に注目される存在となり、ときにはランク付けの対象にされてしまう。かつてはピュアだった体験が、すこしだけそうじゃなくなってしまった気がするんです。

※3 世界で初めてヒマラヤ8000m峰14座完登を成し遂げた登山家。

――とはいえ、世間から評価されることで、パタゴニアとの関係(※4)をはじめ、クライミングを続けるための恵まれた環境も得ていますよね。

S:もちろんです。なので、社会的評価を否定しているわけではありません。大事なのはバランスを保つこと。純粋なクライミングの時間と社会的な責任や役割をちゃんと区分けして、ごちゃ混ぜにならないように気を配っています。たとえば、本を出版して以来、ヨーロッパ各国から講演の依頼が増えましたが、すべてに応えていたら飛行機の移動だけで人生が終わってしまう(笑)。だから、講演の依頼を受けるのは11月に限定しています。11月はクライミングには適さない時期なので、この間ならば自分のクライミングを妨げることはないからです。

※4 1999年以来、パタゴニア社のアルパインクライミング・アンバサダーを務め、製品開発やテストにも携わっている。

クライミングは一生続くもの

――『山歩みち』読者が、充実した登山人生を送るためにはどうすればいいのでしょう?

S:初心者の方にまず伝えたいのは、自分が登る山、登りたい山について、難易度などの基礎知識をしっかりと学んでほしいということ。登山において、知識がないことは非常にリスキーですからね。そのうえで、自分のレベルに合ったクライミングを試みてください。自分のキャパシティのなかで登りたい山を見つけることが大切です。

――レベルアップするときに心がけておくべきことは?

S:目の前の成果や失敗にとらわれないことでしょうか。私自身、外に行きはじめたころは、期待やプレッシャーがたくさんあって、「目の前のチャンスをどう成功させるか」という考えにとらわれていました。でも、あるときから考え方が変わって、「1回きりの遠征でなにかを成し遂げる必要はなく、何年もかけて経験を積み、徐々に自分を成長させていけばいいんだ」と思うようになったんです。

そのときすごく解放されたし、気持ちも楽になって、結果的にいろいろなことが上手くいくようになりました。みなさんにも焦らず、自分のペースで登り続けてほしい。クライミングは人生に寄り添うように、ずっと続いていくものですから。

スティーヴ・ハウスさん

写真=田渕睦深

取材・文=谷山宏典

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