コロナとともに歩む山 〜日本山岳ガイド協会によるガイドラインはこれからの山登りの道標である

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政府による緊急事態宣言を受けて2020年4月20日、山岳4団体(※1)が登山自粛を一般登山者に対して要請した。

当時の状況とその結果から考えて、登山における自粛要請には意義があり、適切な判断だったということを前提に、あえて指摘したいことのひとつに、自粛と同時に提案して欲しかった〝再開への道筋〟が発表されなかったことが挙げられる。同団体に未所属である多くの登山者が、さも〝お上〟からの命令の如く自粛を要請され、それに従いながらもある種の違和感を感じたのはそれがなかったため、と考えている。

こうしたなかで、日本山岳ガイド協会では特別委員会コロナ対策プロジェクトチームが編成され、ガイド業務再開のためのガイドラインがこれまで検討されてきた。その過程で生まれた成果は、所属ガイドに向けた短信として大きく5回に分けて発表された。この度、同協会から送信された短信を読み、その内容は所属ガイドだけにとどまらず、広く一般登山者にも有用な情報であることを確信したため、ここで紹介したい。

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令和2年5月18日 「日本山岳ガイド協会より段階的ガイド業務再開のスタンスについてのお知らせ」より 〜これからの山登りとは

同短信に「元来、私どもの第一の目的は、平常時においても山での事故防止に心がけ、お客様の安全をはかり山にご案内するということがあります。」とある。これはまた、一般登山者にも当てはまり、コロナがあるなしに関わらず、私たちは常に山での事故防止に努めるべきである。

この基本姿勢を主軸に、コロナによって変化するのは「山岳事故の多くが道迷いや転倒・滑落・転落が原因であり、(中略)それらに加えて感染予防という安全管理が求められる事態となりました」ということだろう。

具体的にいえば、普段の生活でも心がけている三密を避けること、マスクを着用すること、人的距離(ソーシャルディスタンス)を保つこと、消毒することなどを、山でも行う必要がある、ということである。

逆にいえば、これからの山登りでは〝感染予防〟を心がけることが従来の登山に追加されただけであり、ほかはこれまでと同様であるともいえる。であれば、過剰に身構える必要はなく、やるべきことを粛々とこなしていけば、これからも安全に山登りを楽しめるともいえよう。

令和2年5月18日
「日本山岳ガイド協会より段階的ガイド業務再開のスタンスについてのお知らせ」

令和2年5月15日 「新型コロナウイルス感染症対策のための業務再開ガイドライン Vol.2」より 〜自身の山行前にチェックしたいこと

「Withコロナの責任あるガイディングをスタートするためのチェックリスト」と題された文章に、5項目のリストが紹介されている。以下に実際の文言を紹介するとともに、一般登山者が何に気をつければよいか、そのポイントについて考えてみたい。

□1 あなたはこの2週間の間、日常生活において3密を避け、出来るだけ他人との接触を避けて健康に過ごしていましたか? 同様に、あなたのクライアントもそうでしたか?

新型コロナウイルスは、その時点で無症状であっても、感染している可能性がある。まずは自分自身がふだんから三密を避け、日々体温を計測することなどで体調を記録し、登山当日は自分の状態を正確に把握することが大切である。同時にこれは、家族以外の同行者に対しても注意することが望ましい。

□2 居住地(地元)から離れて他府県へのツアーを企画していませんか? また、クライアントの居住地は確認しましたか?

現時点では、他府県をまたぐ移動は禁止されているか、厳重注意となっている。今後そうした規制は緩む方向で動いていくが、自治体によって規制項目が異なることが予想される。自分と同行者の居住地と目的とする自治体の規制を確認し、その移動が可能かどうか、登山計画を立てる段階で検討すべきである。

□3 山行内容にレスキューが必要とされるような事故の潜在的リスクはないですか?

ポイントは3つある。前提として、都市部に限らず地方においても救急医療の供給態勢が逼迫していることを認識すること。以下はコロナがなくても心がけるべきことではあるが、自身の体力・技術でセルフレスキューできる範囲での山行を計画すべきである。第二に、目的とする山域、ルートにおいて過去に事故があったかを調べ、事故があったルートは避けること。潜在的なリスクを軽減するためである。第三に、自身の体力を少なく見積もること。長期にわたる自粛により、体力低下は必然である。自粛直後の登山では、体力・技術ともに低めに見積って計画し、実際の山登りでは現状を把握し、次回以降の山行に役立てることが大切である。

□4 クライアントや他人とソーシャルディスタンスを取ることが出来るルート設定をしていますか?

考え方としては、山中でも三密を避けることを意識して欲しいという点にある。例えば、混雑する山を選ばない、閉鎖空間となるゴンドラは利用しない、山小屋泊はひとまず延期し日帰り登山にする、などである。

□5 行程において地域住民と密に接する可能性はありますか?

下山後に楽しむ温泉や食事は山の楽しみのひとつではあるが、現段階では避けるべきである。なぜなら、感染拡大により地域医療を崩壊させる可能性があるからである。とくに、感染者の多い都市部から地域への移動をする場合には注意が必要である。もちろん、地域にとって観光収入が落ちることは痛手でもある。地域のひとを助けるための観光という考え方も一理はあるが、県境移動の自粛の度合が各自治体で異なっている現段階では、地域への利益誘導よりも地域医療を守ることを優先させるべきだろう。ただし6月以降、そうした規制が解除された場合には、地域ルールに従って地域の幸を楽しんでいけばよい。

令和2年5月22日 「新型コロナウイルス感染症対策のための業務再開ガイドライン Vol.4」より 〜マスクは登山で現実的か

同協会同委員会長の上野真一郎さんをメインガイドに5月17日、静岡県・高草山にて顧客役3人を引率、ガイディングの実証実験を行っている。その結果のなかで、とくに人的距離の確保とマスクの実効性がとても興味深かったので、ここに紹介する。

【人的距離の確保について】

同協会のひとつの指標として、マスク着用時は行動中、休憩中を問わず人的距離は2m(マスク未着用の場合4m)がある。これは現実的なのか。一般登山者が行う登山を想像しながら、以下について考えてみたい。

◇コメント1:2mの間隔を空けて歩いている間、メインガイドが何を言っているか最後尾からでは聞き取りずらかった

これを一般的な山行で考えてみると、登山中の会話はかなりしにくくなると思われる。一方で、会話を中心に考えた時、以下のコメントが気になった。

◇コメント2:自然観察の際、(中略)お客様の意識と視点はその対象物にいくので、お客様同士の距離は次第に近くなっていって、2mの間隔は保たれていなかった

意識、無意識のいずれにしても、登山中の会話を楽しもうとすれば、どうしても人的距離の確保は難しくなるであろう。加えてマスクを着用していれば、さらに会話は困難になるだろうと想像できる。会話は休憩時を中心に、行動中は歩きに集中するのが現実的かもしれない。

◇コメント3:他の登山者とすれ違う際、その方がマスクをしていない場合、登山道が狭い場合4m以上の間隔は保てない

これは現実的に充分にありえることだろう。場所によっては4m以下も当然ありえることである。防御策として、登山者当人はマスクを着用すること、また仮に「こんにちは」と声をかけられても、会釈するなどの対応が現実的かもしれない。

【登山中のマスクの着用について】

実証実験で試されたのはランニング用バフ、布マスク(手作りマスク)、不織布マスク、バンダナ、手ぬぐいの4種。以下、参考になるコメントを列挙する。

*息苦しさ・暑さは 不織布マスク>バフ>布マスク>手ぬぐい の順であった
*不織布マスクはとにかく息苦しく暑さで蒸れる
*バフはマスクよりも通気性は良いが、首元まで覆われると暑い
*行動中、特に急坂で、自分の呼吸が荒くなり、声かけするのが困難になる

ただでさえ急坂を登る山登りである。加えてこれからの季節は気温も上昇し、熱中症の危険性が高まる時期でもある。従来通りの熱中症対策をするとともに、〝山でコロナをうつさない、うつらない〟を考慮し、山でもマスクを着用することは大切になるだろう。しかし、その運用(※2)については注意が必要だということがわかる。

また、これらのコメントから、現実的な夏山のマスクを選ぶ指標として、ウイルス対策としての機能性を確保しつつ、通気性が高く、かつ熱がこもりにくいこと指摘しておきたい。注意点としては、通気性の高い素材、例えば手ぬぐいやバンダナでマスクの代用をした際、ズレやすいという欠点があるということ。市販のマスクには、冷感素材や通気性が高い素材(※3)を使ったマスクやフェイスガードなどが各社から出されており、今後、検討の余地があるということだ。

令和2年5月23日 「新型コロナウイルス感染症対策のための業務再開ガイドライン Vol.5」より 〜コロナのある山登りのロードマップ

最後に紹介したいのは「緊急事態宣言解除後の段階的ガイド業務再開のロードマップ」である。

1.厳戒体制、2.限定解除、3.解除拡大、4.注意継続の大きく4ステップに分けて、ガイド業務の範囲を詳細しているが、実際の山行スタイルまで紹介しているので、一般登山者にとっても活用できる内容になっている。注意したいのが、今後の感染状況によっては、STEP1→4への移行だけでなく、4→1への移行もありえるということだ。しかし、冒頭に説明したように、自粛中、大きな不安の原因となった見通しのなさは、このロードマップを参照することで解消しうる、という点は、大きな進歩とえるだろう。

ウィズコロナの時代の山登りに不安を感じるひとはおられると思うが、今回、ひとつのコロナ禍を経ることで、私たちが得たものもまた大きいともいえよう。過剰に恐れることなく、山で感染症をうつさない、うつらないことを心がけることで、これまでも問題となっていた人気エリアへの登山者の集中やそれによって引き起こされる環境負荷の軽減など、これからの山登りが豊かになる可能性があることも、今後に期待したい点である。そのためのひとつの指針となりうるこのロードマップは、私たち一般登山者にとっても、極めて有用な道標になりうるだろう。

多くの関係者の努力によって完成したことに心からの謝意を述べるとともに、私たち一般登山者が、ここを起点に、新たなる山登りに向かって歩み出す時がようやくやってきたことを、最後に指摘しておきたい。

※1|日本山岳・スポーツクライミング協会、日本勤労者山岳連盟、日本山岳会、日本山岳ガイド協会 ※2|令和2年の熱中症予防行動(厚生労働省)では、2mの人的距離がとれる場合には、マスクを外すことを推奨している。https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/20200526_leaflet.pdf ※3|冷感素材クールマックス素材を使ったものなどがある。また、素材だけでなく、機能性にも注目したい。例えばコーポレートネックウォーマー(https://www.millet.jp/c/outlet/o-men/o-m-acc/MIV8160)はフェイスマスクとしてだけでなく、ヘッドバンドとしても活用でき、山登りにおいても活用範囲が広まるだろう。ほかにも、キャラバン、パタゴニア、モンベルなど、各社から関連アイテムが販売されている。

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この記事を書いたひと
山歩みち編集長 木村和也

『山歩みち』編集長、キムカズ。現在新潟在住で、米農家との兼業編集長。著作『親子で山さんぽ』が交通新聞社より発売中。たまに note も書いています。

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