長野県警察山岳遭難救助隊隊長 宮﨑茂男さん|隊員を守るためにも遭難を減らしたい

山歩のひと

フリーペーパー『山歩みち』2015年夏 020号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2015年時点

みやざき・しげお 1961年、長野県生まれ。80年に長野県警の警察官を拝命。駅伝特別訓練員としての体力をかわれ、85年山岳遭難救助隊に配属。以後30年、山岳遭難救助にたずさわり、現在は同隊隊長を務める。

長野県の山で遭難事故が起こった際、まっ先に現場に駆けつけ、救助活動を行ってくれるのが長野県警山岳遭難救助隊の隊員たちだ。宮﨑茂男さんは25歳から同隊で活躍し、5年前からは隊長の重責も担っている。遭難救助の現場で日々感じること、そして隊を率いる者としての偽らざる思いを聞いた。

対応が難しい携帯電話からの救助要請

――長野県の山岳遭難の発生件数は一昨年に過去最多の300件に。深刻な状況です(※1)。

宮﨑:遭難増加のいちばんの原因は、団塊の世代の方たちがリタイアをして、山に登る中高年層が増えていることだと思います。また、30代ぐらいの若い層の遭難も目立ってきました。

※1│長野県の「山岳遭難統計」は、長野県警HP「山岳情報」内で閲覧可能。2014年の発生件数は272件と少し減少したが、依然として多い。

――本誌は、携帯電話の使用状況に注目しています。近年、山での電波環境がよくなった結果、救助要請のハードルが下がり、遭難件数増加のひとつの要因になっているのではないか。実際、携帯電話からの遭難届出の比率は2010年以降、毎年6割以上を占めるようになっています。

宮﨑:その傾向は全国的にあります(※2)。以前なら道に迷ったりしても自力で何とか下山していたのに、今は困ったらすぐに警察に電話してしまう。しかも、「助けてほしい」ではなく、「道に迷った。どうすればいい?」と聞いてくる登山者がいるんです。

その場合、救助要請するかどうかを、最終的に相手に確認します。要請されれば動くし、そうでなければ行動のアドバイスをします。でも、このアドバイスが難しい。助言して無事に下山してくれればいいのですが、その後行方不明になる危険性もあるわけですから。

※2│警察庁発表「山岳遭難の概況」によると、2014年の全国の遭難発生件数は2293件で過去最多。携帯電話からの届出は年々増加し、2014年は74.4%。

――対応に迷いますね。

宮﨑:携帯電話がつながりやすくなることは、警察としても大歓迎です。いざというときの救助や捜索活動がスムーズに行えますからね。

メディアでときどき「安易な救助要請」という言葉を目にしますが、われわれは「どんな救助要請も安易ではない」と考えています。なかには先ほど話したような「どうしたらいい?」という電話もありますが、ほとんどの人は現場でにっちもさっちもいかず、不安だから電話をしてくるのです。電話での連絡を制約しすぎると、救助のタイミングを失うことになりかねないので、「自分の力ではどうしようもない」と思ったら、すぐに救助要請してほしいとは思っています。

ただ、「山でも電話が通じるから」と携帯電話頼りの発想になり、計画や準備が甘かったり、やるべきことを怠ったりするのは違うんじゃないかと。山のなかで警察に電話して情報をもらおうとしたり、判断を仰ぐのは、やはり安易だと言えます。

また、登山者は携帯電話で写真を撮ったり、SNSに投稿したりして楽しんでいますが、警察からすれば、携帯電話はレスキュー用装備だという認識です。ですので、山では使用を最小限に抑えて電池を温存するか、緊急時用バッテリーを持参していただきたいと思っています。

長野県警察山岳遭難救助隊隊長 宮﨑茂男さん

隊員を守るためにも遭難を減らしたい

――長野県では13年から一部山域でのヘルメット着用を推奨し、以後ヘルメット姿の登山者は増えました。遭難防止効果も実際に出ていますか。

宮﨑:ありますね。たとえば昨年、穂高のザイテングラートで転倒した登山者がいて、まわりの人が心配して、警察に連絡をくれたんです。しかし、われわれが現場に駆け付けると、転んだ本人は「大丈夫です」と自力で歩ける状態でした。手にケガをしていたし、肩は強く打ったみたいでしたが、頭部はヘルメットに守られて無事でした。登山者の危険意識が高まっているのは、現場にいても感じます。

――ほかにも、山のグレーディングの制定(※3)や県警の山岳安全対策課新設(※4)など、長野県は先進的な取り組みを数多くしています。

宮﨑:グレーディングの制定は、県の担当者の方のおかげです。遭難防止対策は、これまで警察や遭対協が中心になってやってきましたが、警察と遭対協だけでは限界があります。そんななか、県でも積極的に動いてくれるようになり、遭対協や地元山岳会の知恵を借りて、グレーディングができあがったのです。

遭難が起きれば、当人や家族はつらい思いをします。長野県に遊びに来た登山者にはケガなく、楽しんで帰ってほしい。それは関係者全員の共通した願いです。さらに救助隊の隊長の立場からいえば、隊員を守るためにも、遭難を減らさなければならないと考えています。

※3│昨年、長野県山岳遭難防止対策協会監修で制定。2015年には山梨、静岡、新潟でも同様のグレーディングが発表された。

※4│山岳遭難者の救助や遭難防止対策を担うために今年新設。山岳安全対策を専門とする課の設置は全国の警察で初めて。

――隊員を守るとは。

宮﨑:遭難救助の仕事にはさまざまなリスクがあります。長野県ではこれまで、救助活動中に殉職した警察官はいませんが、民間では5人が亡くなっています。みなさん経験豊富な方ばかりでしたが、それでも事故に遭う。それがこの仕事の現実なんです。

私たちは遭難者を助けるとともに自分たちの安全を守るため、厳しい訓練を積んでいますが、身を守るいちばんの方法は現場に行かないことです。「ヘリコプターのホバリングの回数を減らしたい」「隊員を危険な場所に行かせる回数を減らしたい」。そんな思いは常にあります。

――隊員を危険な現場に派遣することに葛藤があるということですか。

宮﨑:それは当然あります。隊員たちは、遭難が起これば「よし、行くぞ」「絶対に助けるぞ」と勇んで出ていきます。どれだけ状況が厳しかろうが、彼らは行きたいんです。私自身、若いころはそうでしたから、その気持ちはよくわかります。だからこそ、隊員にしてみれば、「隊長は何を弱気なことを」と思うかもしれない。でも、私としては「隊員を守りたい」という思いがすべての根底にあります。それが偽らざる本音ですね。

山が高くなっているわけでも、登山道が悪くなっているわけでもない。しかも、装備はよくなっている。それでも遭難が増えるのは、多分に〝人の問題〟なのではないか。だからこそ、変えていけることはまだまだあると思うんです。

長野県警察山岳遭難救助隊隊長 宮﨑茂男さん 地図を見ながら、登山者にルートの説明をする救助隊隊員
地図を見ながら、登山者にルートの説明をする救助隊隊員。遭難救助だけではなく、遭難防止対策も重要な仕事だ
長野県警察山岳遭難救助隊隊長 宮﨑茂男さん

写真=加戸昭太郎

取材・文=谷山宏典