映画監督 木村大作さん|人生で自分の居場所を見つけられた人が一番幸せなんじゃないか

映画監督 木村大作さん 山歩のひと
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フリーペーパー『山歩みち』2014年冬 014号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2014年時点

きむら・だいさく 1939年東京都生まれ。1958年、東宝撮影部にキャメラマン助手として入社。1973年、『野獣狩り』にて撮影監督としてデビュー。おもな撮影作品に『八甲田山』『鉄道員』『北のカナリアたち』などがある。初の監督作品は2009年の『劔岳点の記』。

2009年、寡黙な明治の男たちの生き様を描き、240万人が感動した映画『劔岳 点の記』から5年。木村大作監督の待望の新作『春を背負って』が全国の東宝系劇場にて、2014年6月14日に公開される。木村監督は、映画を通してなにを描きたかったのか──。男の、映画への自然への熱き想いにふれた。

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再び立山連峰へ

――木村監督原点の作品とは。

木村:前作『劔岳 点の記』では剱岳を舞台に、明治時代の陸地測量部の物語を描いたのだけど、あれは『八甲田山』(1977年・東宝)を経験していなかったらなかったな。八甲田山のときは、俺はまだ35歳の新人でね、あの頃は山を走れたよ。要するに体力で森谷司郎監督に選ばれたんだと今でも思っていますよ。でも、それに勝負を賭けたんだな。そっからだね、俺の名前が世に出たのは。

いま思えば、八甲田山で山を経験していなかったら、劔岳なんてやろうとは絶対思わなかったし、それに続く今回の作品もなかったと思うよ。

――なぜ再び山を舞台にしたのでしょうか。

木村:山に来ると、厳しさのなかにある美しさに触れるじゃないか。そういうものを見ていると、精神的にはものすごく安定するね。東京にいるときはいつもイライラして、安定しない。それは情報過多だからなんだと思う。山に来たらさ、東京のことはなにも考えないもんねぇ。携帯も通じにくいしさ。

つまり、山では情報から開放され、人間本来の姿に戻れるんだよ。じゃあ、ずっとそのままで一生いいかっていえばダメだけどね(笑)。ま、ひとことでいえば大自然を撮るのが性に合っているんだな。

居場所をみつける

――映画の仕上がりは。

木村:『春を背負って』は山の家族の話、ひととのふれあいの話。劔岳とはちがい、明るくさわやかで見終わるとほっとするような映画になると思っている。でもそれは、単に笑いがあるなんて意味じゃない。登場人物は、それぞれに自分の居場所を探す旅に出ていて、そうしたひとびとの心の交流を描くことで、胸がすくような映画に仕上がると思っているんだよ。

――自分の居場所とは。

木村:みんな自分の居場所がどこかにあるだろうって、日々思うじゃないか。そしてそのほぼ全員が、いま置かれている立場に満足していないよな。一方でそこで努力をすれば、徒労かもしれないが、次のなにかが出てくるんじゃないかと思って生きている。その徒労ってのを、嫌がっちゃダメなんだな。端的にいえば、この愛すべき大自然こそが、おれの居場所を決めるんだって言いたいんだよ。

なんでそんなことをいうかといえば、人間なんて、どう生きたって、たかが100年だろ。そういう意味でも、人間は自然の一部だよ。俺だってあと10年もすればいなくなるよ。でも、だからこそ大自然という摂理のなかで、人生の居場所を見つけることが幸せなんじゃないかと思うんだな。この映画を見たら、人生の居場所について、少しは参考になるんじゃないかな。

――居場所を見つけることは、自分探しと同じことですか。

木村:本質的には同じだと思う。けれど、居場所を見つけるといって最近はすぐに見切りをつける若い子が多いけれど、それは早すぎるよね、判断が。少なくとも5年は猪突猛進しろって。その上で、それでよかったのかを考えればいい。違うと思ったら、違う道をいかなきゃいけない。だから、夢は5つも6つももて、と言っているんだけどね。

偉い人は、努力すれば必ず夢は実現するというけれど、そんなことはないな。いくら努力しても、実現しないものはしないんだから。ただ、5年はそれに集中しろってことだよ。その上で、未来への決断をすればいい。

映画監督 木村大作さん
強面の印象が強い監督だが、話せばその笑顔に引き込まれてしまう

背負って生きる

――〝背負う〟ことについて教えてください。

木村:人間って、だいたいなにかを背負って生きているものなんだよ。たとえば、ギャンブル狂いのダンナとか、息子は不良でどうしようもないとか、そういうのって、だれしもが抱えて生きているわけでしょう。だから、家族ってのは生きている限り、必ずそうした半端者が出るものなんだよね。

俺だってもう74歳だから、いろんなものを背負いすぎて、疲れているよ(笑)。でも、山に行くと、そういうものは忘れるな。実際の荷物は重くてしんどいけれど、下界のもっと重い精神的なものは飛んでいってしまうな。そこが、山のすばらしさじゃないの。そういう精神的な安らぎが、山や自然にはあるって思う。

加えていえば、重くてしんどいからって、それがなければいいってもんじゃない。なにかを背負って生きていない人間なんて、そもそも生きている価値すらないんじゃないか。

俺はね、背負っているものこそが、生きている証だと思っているんだよ。だから、この映画は、二十歳そこそこの若いやつは観にこないって言ってるんだ。なぜならその年齢じゃ、背負っているものの、本当の意味への自覚がまだ足りないからなんだ。そういうのって、年齢を重ねてこそわかるものだと思う。

若いもんが、とはいいたくないけれど、確かな年齢を積み重ねてこそみえるものが、この世の中には本当にあるんだよ。

映画監督 木村大作さん 映画『春を背負って』

◆映画『春を背負って』

雄大な風景が広がる立山連峰で、厳格な父と共に幼少期を過ごした長嶺亨(松山ケンイチ)。社会人となった亨はトレーダーとして、会社の歯車のひとつとして、金融業界で働いていた。ある日、父の訃報が届き、通夜に出ると──亨の知らなかった父の過去を知った。葬儀を終えてひと段落し、父の山小屋・菫小屋に向かう亨。山にふれた亨は疑問を感じていた東京生活を捨て、跡継ぎを決意する。時に厳しい一面をみせる自然と向き合ううちに、生きる実感を取り戻してゆく。そんなある日、父の友人と名乗るゴロさんが現れて……。キャスト/松山ケンイチ、蒼井優、壇ふみ、小林薫、豊川悦司ほか

©2014『春を背負って』制作委員会

写真=加戸昭太郎  取材・文=木村和也


あわせて観たい!木村大作さんの映画

初監督作品である『劔岳 点の記』は2010年の日本アカデミー賞で最優秀監督賞、優秀作品賞ほか多数受賞しています。また、木村監督の映画を観るなら、インタビューでもあるようにその始まりとなった『八甲田山』はぜひとも観ておきたい作品。どの作品も無理やりに作った風景ではなく、天候待ちや雪待ちを繰り返し、何度も何日もロケ地に通って作り上げられた世界。三作品とも、ゆっくりたっぷり時間を取って、隅々まで鑑賞したい映画です。

<原作>『春を背負って (文春文庫) 』笹本稜平

<原作>『劒岳 ―点の記 (文春文庫) 』 新田次郎

<原作>『八甲田山死の彷徨 (新潮文庫) 』新田次郎

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