鹿屋体育大学教授 山本正嘉さん|登山の当たり前を科学的なデータで示すのが僕の使命

鹿屋体育大学教授 山本正嘉さん 山歩のひと

フリーペーパー『山歩みち』2015年秋 021号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2015年時点

やまもと・まさよし 1957年、神奈川県生まれ。登山の運動生理学を専門とし、山を安全に楽しめる方法論を確立すべく実践的研究を行っている。著書に『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局)があり、現在その改訂版を執筆中。

登山の運動生理学の第一人者として、山登りに必要な体力や筋力、効果的なトレーニング法などについて調査・研究を重ねてきた山本正嘉教授。科学的なデータから導き出される山を安全・快適に楽しむための秘訣とは?

年間登山日数が体力度に影響する

――先生考案の「コース定数」という指標は興味深いですね。

山本:これは従来のガイドブックなどで経験的に3〜5段階で示されてきた各登山コースの体力度を、方程式(下記数式参照)を用いて科学的な数値で示したものです。2〜3日以下のコースならば、10〜100ぐらいの範囲で1刻みで表せます。この値が大きくなれば、より体力度の大きなコースとなります。

――日本百名山のコース定数の一覧を見ると、「富士山/吉田口五合目からの往復」がコース定数41で、体力度の順位は73番目。たしかに富士登山って体力的にきついなと経験的にはわかっていたものの、数値で示されるとすごく腑に落ちます。

山本:おっしゃる通りで、僕がやっているのは、まさに「みなさんが当たり前だと思っていることを、ちゃんとデータで示すこと」なんです。ほかにも、これまで事故が起こると「無謀な登山だった」「無理な行動は控えよう」と反省しますけど、「なにが無謀だったのか」「無理をしないとはどういうことか」は具体的にはわかっていなかった。そうしたことを科学的な数値で明確に表していくことが、僕の使命なのかなと。

登山はハードな運動であり、トラブルを防ぐにはトレーニングが不可欠である。そんな「当たり前」を多くの登山者に理解して実践してもらうには科学的な数値やデータを示すのがいちばんなんです。

「六甲タイムトライアル」(※1)というイベントで、参加者の体力度を調査したときもおもしろい結果が出たんです。体力のあり・なしには「年齢」「性別」「登山経験(登山歴)」は関係なく、唯一明らかな相関関係があったのは「年間登山日数」だったんです(下記グラフ参照)。

※1│関西山岳ガイド協会が10年以上前から開催。六甲山のロックガーデンコースの登行タイムを計る。

鹿屋体育大学教授 山本正嘉さん コース定数を求める方程式とグラフ

◆六甲タイムトライアルでの登高スピード(=本格的な登山ができる能力)はなにによって決まるのか?

横軸のA~D群は、体力レベルによる分類で「A>B>C>D」。縦軸は、各群に属する人の年間登山日数の平均値。体力レベルが高いA群は年間登山日数がもっとも多く、逆に体力レベルが低いD群は年間登山日数がもっとも少ない。
なお、B群はロックガーデンコース(コースタイム3時間)を3時間以内で歩ける人のグループで、日本アルプスの無雪期の一般ルートなら問題なく登れる体力レベルにある。B群の年間登山日数はおよそ25日間だった。

――昔から「山のトレーニングは山に行くこと」といわれていましたが、データで実証されたわけですね。では、夏のアルプスの縦走をめざす場合、どれぐらいの年間登山日数が必要に?

山本:これから検証する必要はありますが、年間25日ぐらい、つまり毎月2〜3日ぐらい山に入ればいいのではないかと考えています。

また、山行とは別に日常のトレーニングも大切です。別のデータを見ても、日ごろ運動をしていない人は、山でトラブルに遭遇する確率も高くなります。運動の回数が増えればトラブルの遭遇率も減少し、週4回のトレーニングがもっとも低い。ですので、平日は週2〜3 回、ジョギング程度の運動をすることをおすすめします。

三日三晩飲まず食わず極限のアコンカグア南壁

――先生は東京大学の体育学科出身ですよね。もともと運動生理学に興味があったのですか?

山本:いや、じつはまったくなかったんです。大学時代はスキー山岳部に入って山にどっぷりだったので、学業の成績は散々で(笑)。3年時に専攻を選ぶとき、人気の学科には入れず、ちょうど山をやっていたし、趣味と実益を兼ねて「体育学科で山のことをやろう」と。

――では、本格的に研究者の道を志したきっかけはなんですか。

山本:学生時代の81年に南米のアコンカグア南壁(※2)に行って、なんとか登頂はできたものの、壁の中で三日三晩飲まず食わずの行動を強いられ、死を覚悟させられるような極限の経験をしたんです。それで「ちゃんと体のことを知っておかなければマズいな」と。

また、当時は大勢の日本人がヒマラヤに行っていた時代で、亡くなった方も多かった。自分もアコンカグアでそれに近い経験をしていたので、「学んだことを生かして、なんとか山の事故を減らしたい」と、そんな思いもあって、研究の世界に入ったんです。

※2│アンデス山脈にある南米最高峰。標高は6962m。南壁は困難なバリエーションルート。

――その後、すぐに登山の運動生理学の研究を始めたのですか。

山本:そういう気持ちは芽生えていたんですけど、当時は登山と運動生理学を結びつけることはせず、一般的なスポーツのトレーニングや運動生理をやっていました。

その後、95年にチョーオユー(※3)に無酸素で挑戦する機会があり、そのときも登れはしたのですが、高所登山のことをほとんど知らなくて、高山病でひどい目に遭ってしまって。それを機に、高所や低酸素のことを調べたり、山岳雑誌で運動生理の連載を持つようになり、本腰を入れて今の研究に取り組むようになりました。

※3│標高8201m。世界第6位の山。※4|埼玉県秩父地方の山で、標高1304m。

――最後に、運動生理学の観点から、読者が末永く山を楽しむためのコツを教えてください。

山本:そうだな…僕がなぜ山を続けてきたのかといえば、とにかく山が好きなんです。それは中学3年のとき、初めて自分で計画を立てて、武甲山(※4)を登ってからずっと変わりません。

そのときは新緑の季節で、山が本当にきれいで。その日から自分という人間が変わってしまったと思うぐらい、感動したんです。だから、登りはじめのころに、心から「山っていいな」と思える経験ができるかどうかが、大事なんじゃないかと。好きという気持ちがあれば、どんな困難があっても山を楽しみ続けることができると思うんです。…でも、これは運動生理学とは関係ないか(笑)。

――いえいえ、山好きになるには、実力に見合った山を選ぶことも重要で、それには先生の研究が参考になると思います!

山本:バテたり、怖い思いをしては、山を楽しめないですからね。登山者のみなさんには、一発で山にはまってしまうような、自分にぴったりのルートにぜひ行ってほしいですね。


鹿屋体育大学教授 山本正嘉さん

写真=田渕睦深

取材・文=谷山宏典