登山家 田部井淳子さん|興味を持ったらまずは一歩を踏み出す

田部井淳子さん 山歩のひと

フリーペーパー『山歩みち』2011年秋冬 006号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2011年時点

たべい・じゅんこ 1939年福島県生まれ。1975年世界最高峰エベレストに女性として世界で初めて登頂、1992年には女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となる。現在は各国の最高峰をめざすとともに、登山に興味のある女性たちのネットワーク「MJリンク」や本の執筆を通じて登山の普及に携わる。

世界最高峰エベレストに女性で初めて登頂するなど女性登山のパイオニアとして田部井淳子さんが歩んできた道は輝かしい。しかしその原点は、今どきの山ガールと変わりない山や自然が大好きで、好きな山に登りたいと願う一人の女性だった。

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未知の世界への憧れが私の登山の原動力

――今、世界各国の最高峰登頂をめざしているそうですね。

田部井:ええ。今のところ60カ国の最高峰に登っています。ただ、世界には195カ国あるので、まだまだです(笑)。

――田部井さんにとって山登りの魅力って?

田部井:知らない土地に行き、見たこともない風景を見るというのは、いくつになってもワクワク、ドキドキするんですよ。その気持ちは登山をはじめたころから変わっていません。

オフィスに飾られた、エベレスト登頂時の写真
オフィスに飾られた、エベレスト登頂時の写真

――初登山は何歳のときに?

田部井:10歳のとき、学校の先生に連れられて那須の茶臼岳に登ったんです。それまでの私は、山ってどこまでも緑が続いて、きれいな花が咲いてってイメージだったんです。でも、茶臼岳は火山だから、木も草も生えてない。その風景にものすごくびっくりしました。学校で学ぶこととは違う、自分の脚で歩き、目で見て、肌で感じた体験がとにかく強烈で。それからですね、知らない世界をもっと見てみたい、と思うようになったのは。

ただ、両親の仕事が忙しかったから、登山に行けるのは年1回ほどで。高校に登山部はあったものの男子限定で、女子は入部できなかったんです。当時はまだ「男は仕事、女は家庭」という時代で、女の幸せは嫁に行くことで、登山なんて問題外というか(笑)。でも、どうしても山に行きたかったので、東京の大学に入ってからは『東京周辺の山々』という本を買い、東京近郊の山をクラスの女友達を誘って登るようになりました。

自身初の海外登山となったアンナプルナⅢ峰に持って行った鉄製のカラビナ。1個150gもある
自身初の海外登山となったアンナプルナⅢ峰に持って行った鉄製のカラビナ。1個150gもある

――山ガールのはしりですね(笑)。田部井さんのすごさは、そうしたハイキングから岩壁登攀、さらにはヒマラヤへと山登りの世界を広げていったことだと思うんです。

田部井:自分で計画して山を登るようになったころ、山の本や雑誌を読むことも楽しくて、エルゾーグの『処女峰アンナプルナ』や松濤明さんの『風雪のビヴァーク』などを読んで、山の世界にどんどんハマりました。

また、雑誌で冬の剱岳や穂高の写真を見るたびに「きれいだな」「こういう冬の山にも登ってみたいな」と思うようになり、それで大学卒業後に社会人山岳会に入ろうと決意したんです。とはいえ、当時の社会人山岳会は大多数が男性限定で、女性が入会できたうちの会でも女性会員は私ともう一人だけ。しかも女性だからって配慮されることはなく、荷物の重さは同じだし、歩くスピードも男性会員についていかなきゃいけない。だから、すごくつらかったですね。

――キツい思いをして、山が嫌いになったことは?

田部井:まったくなかったですね。むしろどんどん好きになっていきました。はじめは「自分には無理かな」というところでも、徐々にステップアップしていけば、なんとか登れるようになります。で、そこに登るとさらに世界が広がって、「次はあの山に登りたい」と自然に次の目標ができるんです。

エベレストのときもそう。「女子だけで海外登山を」というのがまずあって、はじめは7555mのアンナプルナⅢ峰に登りました。そのとき「8000m峰も夢じゃない」と実感することができて、エベレストに向かっていくことができたのです。

何かひとつ行動を起こすことで多くの山や人に出会い、次の行動を起こすきっかけになる。私の山登りもそうやってひとつひとつの行動を積み重ねた結果だと思います。

若い人たちと経験を分かち合いたい

――『山歩みち』読者にメッセージを。

田部井:山は広いし自由ですから、「自分の山登りはこうだ」と決めつけないで、いろいろなスタイルで山を味わってほしいと思います。自分で登りたいルートを決めて、自分で調べて登ることは勉強になるし、なにより楽しいと思います。

でも、ときには浮気して、登山ツアーに参加するのもいい。ほかの人の姿を観察することで「山ってこういう楽しみ方もあるんだ」と新たな発見もあるかもしれないし、参加者同士で仲良くなって山仲間の輪が広がったりもしますからね。

――MJリンクについて教えてください。

田部井:MJリンクは「自然に親しみたい20〜40代の女性のためのネットワーク」として09年に立ち上げました。私が若い頃、すでに海外の山を登っている女性の方が何人かいて、いろいろ話をお聞きしたかったんですが、みなさん雲の上の存在で気軽に話しかけたり、一緒に山に行く機会はありませんでした。そのことがすごく残念で。それで逆の立場になった今、私の方から若い女性に声をかけてあげて、一緒に山を登り、いろんな経験を分かちあえたらいいなと。

最近では山に登っていると、若い方たちが「田部井さん、田部井さん」って気軽に声をかけてくれるようになって、そのことが本当にうれしいんですよね。

ひとつの行動を起こすことで、出会いや景色が広がり、次の行動につながっていく。なので、興味をもったらまずは一歩を踏み出すことが大切です。

田部井淳子さん

写真=田渕睦深

2016年にガンでお亡くなりになられた田部井さん。今でも田部井さんの考えや想いに触れられる本は多数あります。子育てしながらの登山、病気と闘いながらの登山、山での判断力やリーダーシップ。家庭、仕事、健康と、読む人の状況にも何かしら通じるものがあり、勇気をもらえるものばかりです。この機会に読んでみてはいかがでしょうか。

それでもわたしは山に登る』 田部井淳子

登山をしている人だけではなく、病気と闘っている人、仕事で悩んでいる人、多くの方々に読んでほしい一冊。ガン告知を受けてからも、山に向かい、情報を発信し、先の予定を考え続けていた田部井さん。今の状況を嘆くのではなく、ではどうするのか、だから何をするのか、決断してまっすぐに取り組む姿は、あらゆる人に力をくれるはずです。

『淳子のてっぺん』唯川恵

恋愛小説家として有名な唯川恵さんが、田部井さんをモデルとして書いた山の小説。実は登山好きの著者が、山の魅力と女性登山ならではの心理を見事に描写し、山岳小説にもこんなスタイルがあったのかと一気に読んでしまいます。ノンフィクションとはまた違い、小説だからこそ、田部井さんの魅力がより一層くっきりと際立って伝わります。

その他 田部井淳子さんの著書一覧はこちらから

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