プロ登山家 竹内洋岳さん|頂上はただの通過点。山登りすべてを楽しんで

竹内洋岳さん 山歩のひと
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フリーペーパー『山歩みち』2013年冬 010号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2013年時点

たけうち・ひろたか 1971年、東京都生まれ。株式会社ICI石井スポーツ所属プロフェッショナルマウンテンクライマー。2012年5月、ダウラギリに登頂し、日本人として初めて8000m峰14座完登を達成する。公式HP https://www.fourteen14.co.jp/

ヒマラヤ8000m峰14座完登を日本人として初めて成し遂げた竹内洋岳さん。彼に対して「山ヤっぽくない」と評する人は多い。たしかに、その柔和な物腰や、その風貌、その発言は、従来の登山家のイメージとは異なる。しかし、彼の心の芯には、山への情熱と、日本の登山に対する強い思いがある。

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〝覚悟〞を持ってプロの登山家に

――今年5月のダウラギリI峰(※1)登頂以降、取材や講演でかなりお忙しそうですね。

竹内:ほぼ毎日、なにかしらあります。意外なところでは、『砂漠でサーモン・フィッシング』という映画の感想コメントを依頼されましたよ(笑)。

――日本では、竹内さんを通じてヒマラヤの山々や14座のことを知った人が多いのではないでしょうか。

竹内:そうかもしれません。お手紙もたくさんいただいて、そのなかに「夏休みの自由研究で14座のことをやりました」と書いてくれたお子さんがいたんです。すごくうれしかったなあ。というのも、一人でも多くの人の心に「14座」や「ヒマラヤ」という言葉を刻むことが、「14プロジェクト」の目的のひとつだったからです。竹内洋岳という名前は忘れてもらってもいい。大切なのは、私の登山を通じて、「14座」や「ヒマラヤ」を知ってもらうことなんです。

――竹内さんは、日本では珍しい「プロ登山家」を名乗っていますよね。プロとプロではない登山家の違いってなんですか?

竹内:ひとつには、登山を職業としているかどうか、だと思います。私も以前は仕事を休職してヒマラヤに登っていました。しかし、05年に会社が雇用契約を変えてくれて、登山に専念できる環境になった。それがきっかけになって「趣味としてではなく、プロとして14座をめざそう」と決意して、06年「プロ宣言」をしたんです。

また、一般的に「〇〇家」というのは自称で、資格があるわけじゃないですよね。小説家、写真家、政治家、評論家、そして登山家も。自称というのは、別にいつ辞めてもいいわけで、それでは責任がないんじゃないかと。私は14座を必ず登りきる〝覚悟〞をしました。その覚悟をプロという言葉に込めたんです。

――登山の過程をブログでこと細かに発信しているのも、プロとしての意識から?

竹内:ええ。ただし、あれは「発信」ではなく、「公開」です。私は日本にも「スポーツとしての登山」があってほしいと考えています。通常スポーツには観客がいて、結果はもちろん、その内容も多くの人に見られています。勝とうが負けようが見られるし、もし勝っても内容がいまいちならば「あんな試合じゃダメだ」といわれてしまう。

かたや、これまでの登山はどうだったか。都合のいいことだけを見せて、「自分はこれだけの偉業を成し遂げた」と勝手に発信していたのではないか。登山には観客がいないから、そんなこともできてしまうんです。でも、それじゃ登山は広がっていかない。

登る人間が、その過程のすべてを、都合のいいこともわるいことも公開することで、見ている人たちの「登山を見る目」が洗練されると思います。登山を見る目をもつ人が増えれば、誰かがどこかの山を登ったとき、「あの登山はすばらしい」とか「彼は登頂しているけど方法がいまいちだ」とか活発な意見交換もできる。

野球もサッカーもそうじゃないですか。そういう人が育ってこそ、日本の登山はより発展するし、登山がスポーツになっていくと思います。そのためにも、私は自分の登山をひたすら公開しているんです。

※1│標高8167m、世界第7位の山。2012年5月26日、竹内はこの山に登頂し、日本人初のヒマラヤ8000m峰14座完登を成し遂げた。

街頭での取材中、通行人から声をかけられて記念撮影することに。ダウラギリ登山以降、見ず知らずの人に声をかけられることも増えたそう
街頭での取材中、通行人から声をかけられて記念撮影することに。ダウラギリ登山以降、見ず知らずの人に声をかけられることも増えたそう

登山にかこつけていろいろ楽しめばいい

――最近はどんな登山を?

竹内:山形の月山(※2)に。そのときは友人と白装束を着て登ったんですよ(笑)。また、化石や珍しい石を探しに山に入ることも多いです。自己限界を押し上げたり、14座のような記録のために登ることだけが登山ではなく、白装束で山に入ることも、頂上をめざさず山中の道なき道を歩くことも登山なんです。

先ほど「スポーツとしての登山」と話しましたけど、もちろんスポーツじゃない登山、趣味やレジャーとしての登山もあるべきです。たとえば、マラソンの世界だって、トップアスリートは世界記録を押し上げ、その下には日本記録をめざす人、市民ランナーとして自己記録をめざす人もいる。さらにその下には趣味や健康のために走っている人もいる。それぞれの人にそれぞれの場所がある。登山の世界もそうなればと思います。

※2│標高1984m。出羽三山のひとつに数えられ、修験者の山岳信仰の山として知られる。

――最後に『山歩みち』読者にひとことお願いします。

竹内:この冊子の読者には、富士登山者が多いんですよね。だったら、富士山の次は天保山(※3)はどうですか?日本一低い山です(笑)。そのとき、天保山に登るだけではもったいないから、大阪のどこのたこ焼き屋がうまいとか、そういうこともちゃんと調べて行ってください。登山にかこつけて、大阪という街も楽しめばいいんです。

実をいえば、私がヒマラヤを登るときも同じことをやっています。私がなぜヒマラヤを登りたいのかといえば、あの山々があの場所にあるからです。飛行機でカトマンズまで行って、街で怪しげなものを買って、怪しげなものを食べ、世界中から集まる人たちと会って話をして…と日本にはないものがたくさんあって楽しいから、登りに行くんです。

登山において、頂上は到達点でもなければ、折り返し地点でもありません。ただの通過点です。そして登山は、登山口ではじまって下山口で終わるものではなく、家を出たとき、さらにいえば「あの山に登りたい」と考えたときにはじまり、無事に家に帰ってきたときに終わります。山登りそのものもおもしろいけど、山のある場所や山までの過程もおもしろい。それらすべてを楽しんでほしいですね。

登山は輪っかみたいなもの。頂上はそのどこか通過点としてあるだけで、輪っかにはほかにもたくさんの楽しいことがあります。

※3│標高4.53mの築山で、日本一低い山。

竹内洋岳さん

写真=田渕睦深 取材・文=谷山宏典

あわせて読みたい!竹内さんの1冊

◆『標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学』 竹内洋岳著 NHK出版 2013年

14プロジェクトのこと、プロ登山家を名乗ることにした経緯、目的は登頂だけではないという考えなど、 今回のインタビューでお聞きした全てについてさらに詳しく書かれているので、このインタビューで興味を持たれた方はぜひ。哲学というタイトルですが、幼少時代の話から現在までのエピソードもふんだんに盛り込まれていて、竹内さんの自伝的な本でもあります。

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