フリーペーパー『山歩みち』2017年秋 027号掲載
※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。
Profile ※2017年時点
ささき・だいすけ 1977年、北海道札幌市生まれ。国際山岳ガイド。ビッグマウンテンスキー国際大会で数々の入賞歴がある一方、パタゴニアやグリーンランドなどでスキーと登山をミックスさせた遠征を重ねる。
NHKで放送された『世界初極北の冒険デナリ大滑降』をご覧になった人も多いのではないだろうか。これまで国内外の山々で数々のビッグライドを成し遂げてきた佐々木大輔さんは、なぜ今、デナリ南西壁に挑んだのか。そして、その世界初の冒険の裏に隠された秘話とは?
見る人に「山っていいな」と感じてもらいたい
――今回、なぜデナリの南西壁を滑ろうと思ったのですか。
佐々木:デナリ(※1)南西壁は、実は7、8年ぐらい前に仲間から「行こうよ」と誘ってもらったことがあったんです。でも当時は、「そんな大それたことはできない」と断ってしまって。それで今回、NHKのディレクターから「何か番組をやりましょう」と話をもらったとき、ほかのいくつかのアイデアとともに、デナリをカシンリッジ(※2)から登り、南西壁を滑るプランを出したら、「デナリが通りました」と。もちろん自分の中に葛藤はありましたけど、いろいろ調べてみて、「やれそうだな」と実感が湧いてきたので、チャレンジすることにしたんです。
※1│かつてマッキンリーと呼ばれていた北米最高峰。標高6190m。
※2│デナリの南壁にある、世界中のクライマーを惹きつけてやまないルート。その名は、1961年にリカルド・カシン率いるイタリア隊によって初登されたことに由来する。
――葛藤とは。
佐々木:これまで南西壁を滑った人は限られているので、そもそも滑れるのか、ラインがつながっているのか、なんてことはわかりませんでしたし。それにカシンリッジも、普通に登るだけでも簡単ではないのに、僕たちはスキーを背負って登るわけで。かなりリスクがあるな、とは感じていました。
――それでも挑戦した理由を教えてください。
佐々木:カシンリッジは20代のころからの憧れのルートですし、そこから南西壁を滑降するのはいまだ誰もなしえていない未知の行為です。僕はずっとスキーとクライミングをあわせた「クライム&ライド」というスタイルで山に登ってきたので、せっかくならば、そのスタイルでデナリに挑戦してみたいな、と。
――パートナーとして、数々の遠征を共にしてきた新井場さんと狩野さんを選んだのは?
佐々木:今回のデナリは、若いころから一緒に山をやってきた仲間、いちばん気心の知れた仲間と挑戦したいと思ったんです。彼らとは、まだ20代のころ、利尻の岩壁を登りながら「いつかカシンリッジを登りたいよな」なんてことを話していました。だから、2人を誘いました。
――実際の滑降はどうでしたか。
佐々木:実は、半分ぐらい滑ったところで、パートナーの新井場が滑落してケガをしたんです。彼を救助して、いったんノーマルルートに戻ったのですが、その時点で僕の気持ち的には「終わった」と。それは事故云々というより、そこまでの滑りは順調に来ていて、まあまあの満足感があったからです。
――でも、続行した。
佐々木:僕的には終わりだと思っていたんですが、カメラマンの平出君(※3)が「いいんですか?」と。「挑戦したくてもできない人がいるんですよ」「南西壁を滑りきる可能性はまだあるんじゃないですか」と言ってくれて、僕も「たしかにそうだな」と思い直して。翌朝起きたとき、天気がよくて、自分の中にやる気が湧き上がっていれば、もう一度トライしよう。そう思ったんです。
※3│日本が世界に誇るアルパインクライマーであり、山岳カメラマン。
――滑降の成功には、平出さんの存在が大きかったんですね。
佐々木:平出君の言葉がなければ、きっと2度目はなかったと思います。平出君は挑戦することへの強い情熱を持っているし、僕自身、彼のそういう部分を信頼してカメラマンを頼んだところもありますからね。
――デナリ以外にも、佐々木さんはこれまで数々の映像作品に参加されていますし、自身の滑りを映像化することに強いこだわりを持っているように感じます。そこにはどんな想いが?
佐々木:僕が滑る姿を見て、一人でも多くの人に「山や自然っていいな」「挑戦っていいな」と感じてもらい、この世界に入ってくる人が増えれば、僕としてはこの世の中をよくするちょっとしたお手伝いになるんじゃないかなって。そんな想いがいちばんのベースにはあります。
僕は、植村さん(※4)をはじめとした先人たちに影響を受けてこの世界に入り、クライミングやスキーが大好きになり、それを職業にして、これからもずっと続けていきたいと思っています。そして、そのすばらしさをみんなにも感じてもらいたいんです。
※4│今なお人々を魅了し続ける世界的な冒険家・植村直己。1984年に厳冬期デナリ単独登頂を成し遂げたあと、消息を絶つ。
――山は楽しいぞ、仲間になろうぜ、って感じですか?
佐々木:そうかもしれないです。きっとデナリの報告会を、全国行脚して十数会場でやるのも、そういうことだと思います。別に金銭的にはプラスになることは何もないんですが、つい企画しちゃうんですよね〜(笑)。
写真=木村和也
取材・文=谷山宏典