書籍『クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー』山の変化に登山者も向き合うべき時代

ツキノワグマ ちょっと休憩
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【推し企画】山歩みちライターと編集部が、自分の好きな登山に関する「推し」映画や本などについて個人的な想いのみで語っていきます!

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『クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー』あらすじ

21世紀日本の重要課題!深刻化する野生動物と人間の遭遇。保護か、捕獲か、駆除か。解説の糸口はあるのか?第一人者による、まったなしの緊急出版!保護の対象とされている野生動物たち。そのなかでもツキノワグマの存在が、現代の人間にとって深刻な脅威になると、かつて予測できただろうか。今後さらに顕在化する困難な課題として、早くから注視してきた研究者による考察。

引用:山と渓谷社

重要なのはデータか問いか

クマやイノシシなどの野生動物問題は、毎年一度はニュースや新聞で報道されている。しかし、それらは野生動物による被害の現状と、「クマに出会ったときには、このように対処すべきだ」というような緊急時の対処法や現状の課題を伝えるところまでで、その根本原因や解決法まで踏み込んだ情報はほとんどないように思う。

著者はクマとの接触が多い猟師への取材を続け、専門家や警察が収集した、クマによる人身事故やクマ出没情報などのデータを細かく分析する。そして猟師の経験知とデータを併せてクマ問題を分析することで、その根本原因を科学的に解明し、解決策を提示している。

しかし、著者は本著の中でデータよりも「問い」が重要であると述べている。いくら膨大なデータを集めようとも、そのデータを必要とする「問い」がなくては意味がないのだ。その問いを作り出すのは人間の価値観である。クマ問題であれば、問う人間のクマ問題に関する価値観や、環境保護に対する価値観によって、データが生きる「問い」を生み出すことができるのである。

クマ出没注意看板

環境保護と自然保護は同じではない

ニュースで耳にする言葉に「環境保護」と「自然保護」がある。これらに対する価値観は人それぞれ違うものだが、これを混同して考えてはならない。

「自然保護」は動植物を護ることだが、「環境保護」は人間の生活を含めた環境を護ることである。「自然保護」を全面的に推し進めるなら、人間が絶滅すれば良いのだ。しかし、地球上に住む人間の生活を無視することはできないので、「環境保護」についても考えなくてはいけなくなる。

本著の中では、著者が取材した猟師の中の一人が、次のような事を言う場面がある。「今の世の中は保護だ、保護だと言ってるでも、山も見ねぇで、そんなこと言われても困るんだ。」

「自然保護」の立場で保護だ、保護だと唱える人は、山を生活の一部とする「猟師の環境を保護する」という視点が抜けていると言えるのだ。しかし、何かを保護すればどこかにしわ寄せがくる。例えば、シカを保護すれば農作物被害が増える。すべての人にとってメリットになる環境保護のあり方は存在しない。だからこそ、何を保護するのか、その保護で損害を受ける人や動植物へのケアを考えなくては、より良い環境保護を行うことはできないだろう。

コロナウイルスが与える影響は

山の変化

コロナウイルス感染拡大が進んでいる。では、このコロナ禍は我々が登る山の動植物に、直接的に何か影響を与えるのだろうか。コロナウイルスが草木に感染することはないようだが、野生動物に感染する可能性はあるようだ。

朝日新聞DIGITALの4月23日の記事『野生動物への感染防げ 新型コロナ拡大時のつきあい方は』で詳しく述べられている。

野生動物への感染防げ 新型コロナ拡大時のつきあい方は:朝日新聞デジタル
 新型コロナウイルスの感染拡大は私たちだけでなく、動物にも脅威かもしれません。海外では、人からペットへ感染したとみられる事例もあります。野生動物にも感染が広がるとどうなるのか、どうすれば防げるのか。富…

この記事によると、新型コロナウイルスはペットのイヌや動物園のトラに感染した例があり、「人獣共通感染症」と考えられるとしている。ペットや展示動物への感染だけでなく野生動物への感染が起これば、追跡・対策は非常に困難である。野生動物への感染経路は人間からあるいは、放し飼いされたペットからが考えられるという。生ごみなどから感染することもあるようだ。野生動物へと感染が拡大すれば、人間社会に加えてさらに複雑な問題となるのは間違いないだろう。

登る山について何を知っているのか

花

本著の中で、私がよく登山に行く丹沢山地の野生動物について書かれている箇所があった。

私は登山の際、クマ鈴を持っていくことや、シカの糞を見つけることはあっても、登山中にクマやシカなどの動物を具体的に意識したことがなかった。それを考えた時、「では、私は登ってきた山の何を知っているのだろうか」という問いが浮かんだ。

私は登山中に見かけた木や花、虫などの名前をほとんど知らず、ただの木や花、虫として種による区別をしていなかった。さらに、山の名前の由来や、地元の人がその山とかかわってきた歴史なども知らないし、それらについて気になったこともなかった。

それらを全て知る必要はないと思うが、山を楽しむために山に登っているのにもかかわらず、それらの知識を持たずに、故にそれらの事について何かしらの発見をできないままに、山に登っていた事をもったいなく感じたのである。

登る山の植生、歴史、さらには現在の課題など、知っていることが多くあれば、それだけ多くの発見があり、より山を深く楽しむことができるだろう。この本を読んで、そのような山の楽しみ方をしたいと思うようになったのだ。

まとめ 山には新たな変化が起こる

登山者

昔は多くの日本人にとって山は重要な生活資源だったが、現在においての山はどうだろうか。都市に住む多くの人たちにとって、もはや山は生活の一部ではなくなったといえるだろう。そのような都市に住む人間の中で、山を余暇活動の手段として利用しているのが、私のような登山者である。

登山者が増えたことで、登山道や山小屋、スーパー林道が建設されるなど、山にも新たな変化が現れた。これは山が変わったのではなく、人間社会の在り方が変化したことで、山の使われ方が変化したと言える。それによって発生した問題は多くある。

一方で、今回のコロナ禍により人間が入らなくなったことで、今度は山が自ら変化するだろう。クマ問題についても、この本が書かれた時には予想もつかなかった事態となっており、また新たな問題が発生するのではないだろうか。例えばまた登山を再開する際には一体何を護るのか、何を優先するのかをハッキリしなければ議論は堂々巡りになるだろう。

山を観光資源として利用している事業者だけではなく、登山者も、それらの問題に無関係とは言えない。山の現状を把握し、これから山とどう関わっていくのか、登山者ひとりひとりがしっかり考えていかなくてはならないと私は思う。

◆『 クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー 』 田口洋美著 山と渓谷社 2017年

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sanpomichi@field-mt.com

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この記事を書いたひと
辻 拓朗

山と探検を好む大学生ライター。夏はバリエーションルートの尾根歩きと沢登り、冬は雪山へ。主に丹沢、奥多摩、奥秩父、南アルプスあたりで活動中。

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