早稲田大学探検部 井上一星さん|僕らの行動で世界が1mmでも動いたらそれが〝探検〟

山歩のひと
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フリーペーパー『山歩みち』2018年秋 030号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2018年時点

いのうえ・いっせい 1996年、東京都生まれ。現在、早稲田大学政治経済学部4年生、同大学探検部に所属。2017年には隊長として「カムチャツカ遠征隊」(※1)に参加。「1000㎞のヒマラヤ隊」では副隊長として遠征隊を組織、リードする。同遠征のため後期は休学、5年生がすでに決定。

※1│2017年8月4日~9月14日に行われたカムチャツカ半島コリャーク山脈最高峰レジャーヤナ(2453m)に外国人として初登頂を目指した早稲田大学探検部の遠征。最終的には同峰登頂は断念したが、周辺に座する未踏峰に登頂した。http://wasedatanken.com/

1000kmの大キャラバンを経て、ネパール最北端にある未踏峰を目指す「1000kmのヒマラヤ隊」(※2)。冒険とは何か、自分たちはどう生きていくのか。1000kmの旅路のさらにその彼方…若き探検家の夢に迫る。

※2│ネパール・カトマンズから約1000㎞を歩き、ネパール最北端にある標高6000m級の未踏峰を踏査する総日数約120日のプロジェクト。出発は2018年9月18日。旅路の詳しい模様は下記にて。https://sekatan.jp/

――なぜ探検部に入部したのですか。

井上:高校はテニス部でしたが、大学に入学した4月、新歓で受け取ったたくさんのビラのなかでも、とくに異彩を放つデザインがありました。毛筆で「巨大アナコンダを探してアマゾンへ!」「カンボジアで新種の鳥の巣を発見」…正直、この部活にはバカが集まっているんじゃないのか?(笑)。

でも、話だけは聞いてみようと部室に行くと、「キミはまだ世界に未知が残っていると思うか。俺らにはまだあると思うんだよ」と、熱く語っているわけですよ。なんか、それにすごく打たれちゃって。そんな人種にこれまで会ったことがなかったし、自分もそこをめざすなんて思ってもいなかったし。

――とはいえ、潜在的に興味はあったのでは。

井上:思い返してみれば、昔から新しいことを体験するのは好きでしたね。例えば小学校時代は、友だちと隣町に行くのがおもしろかったですね。中学になって電車を使って遠出、高校に入ってからはバイトで稼いで海外へ。さて、大学では…と考えたときに、自分の行動範囲を広げ、新しいなにかをみせてくれるのは探検だと思ったのです。でも、そもそもその動機となったのは、カルチャーショックだと思います。

――カルチャーショック?

井上:入部して間もなく、先輩に問われました。

「ここにリンゴの木がある。床に落ちている腐ったリンゴ、苦もなく取れる普通のリンゴ、少し登れば取れるうまそうなリンゴ。お前はどれを取るんだ」と。 いや、先輩。一番上に決まってるじゃないですか。

すると「違うんだよ、それじゃ探検じゃないんだよ。俺なら、たとえ世界中にリンゴの木がその一本しかなかったとしても、くまなく探し回って違うリンゴの木を探す」。ずるいじゃないですか。選択肢にないですよ!「ずるいって、それが探検だよ。探検に選択肢なんて、そもそもないんだよ」。

必死こいて入った早稲田に、こんなヤツがおるんか。いい年齢こいて、本気で夢を語っていやがる…それに負けちゃって、18歳の純真な僕は騙されたんだと思いますね(笑)。

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〝探検〟とは世の中を動かすこと

2017年の「カムチャツカ遠征隊」にて初登頂した「ワセダ山」にて。遠征時は標高1300mの無名峰。2018年3月にロシア政府より正式名称として認証された。

――そもそも探検とはなんですか。

井上:探検とは本質的に〝足〟を使ったパイオニアワークだと思っています。ゆえに、それは探検家だけがやるものではない。例えば、そこで頭を使えば哲学者であり、手を使えば芸術家といわれるのだと思う。

僕ら探検家は足でだれも行ったことがない場所に行き、見たこともない景色を見、だれも為し得ていないことを達成し、そのことで世の中が1㎜でも動いたら、それがまさに〝探検〟だと考えています。

OBの高野秀行さん(※3)も言っていますが、「探検はやった者勝ち」で「歩み続けること」が大事。彼はコンゴの幻獣ムベンベを探しに行きましたが、最終的には見つからなかったんですよ。でも、帰ってから報告会を開催、書籍を出版し、なおも歩み続けた。だからこそ、その探検の意味と価値が生まれたのだと思います。もし、何もやらなかったら0ですが、やって1でも5でも100でも、やったひとしか点がとれないのであれば、やり続けるしかないんです。

でも、この継続がとても大変。僕もカムチャツカ遠征では何度も諦めかけましたが、最後まで仲間と自分を信じ続けたことで、目標の山は登れなかったにせよ、旅は〝成功〟したと、今でも思っています。

※3│早稲田大学探検部出身の作家、翻訳家。大学在学時には『幻獣ムベンベを追え!』(集英社)を発刊。ほか、著作多数。

1000㎞先の夢

「1000㎞のヒマラヤ隊」隊員として参加する大学生は男性9人。これにサポート隊員1人を加え、総勢10人で4ヶ月間の旅路に挑む。

――今回の旅を思いついた経緯について教えてください。

井上:カムチャツカは僕たちで考え、実施しましたが、今回の旅のきっかけは、OBの庄司康治さん(※4)の「ヒマラヤの未踏峰を登りに行かないか」というお誘いからでした。

お誘いいただいた理由は、カムチャツカの遠征を評価してくださり、ならばOBの力を使えばもっと大きなことができるのでは、と思ってくれたからだそうです。もちろん、こんなおいしい話に飛びつかないわけはない…けれど、僕ら探検部員はプライドだけは高くて(笑)。いつしか、与えられたことだけをやってはいられないぞという雰囲気になり、僕らにもできることがあるんだぞということを先輩たちに見せてやろうじゃないか、となった。

そこで、同じ未踏峰でもありきたりの山ではなく、ネパールの最も北にある最も高い山、しかも人類未到峰をやろうということになりました。やんややんやと話しているうちに、「ヘリやクルマじゃなくて、足でいく」と誰かが発言したんですね。地図をみたら約1000㎞。…で、どうする? ってみんなに聞いたら、なんの見込みもないのに、「おもしろそうだからいいよ!」って。そこで、庄司さんに1000㎞のキャラバンはどうですかと試しに聞いてみると、じつは自分も同じことを考えていたんだという。ここまでくれば、もうやるしかないでしょ(笑)。

※4│ヒマラヤをおもな活動の場として活躍する映像作家。シシャパンマ(8027m)南西壁など、登攀歴、遠征歴多数。今回の遠征ではサポート隊員として参加。

――めざす山はどんな山ですか。

井上:山ヤが標高や山容、難しいラインを軸にして登攀対象を選ぶとすれば、僕ら探検ヤは、今まで誰も気づかなかったという点を軸に対象を考えます。

例えば今回のメインテーマは〝最北端、最高峰〞。地図を見ると、確かに6000m峰ですが、丘のようなゆるい地形で、ロープは使わないかもしれない。でも、テーマと合致しているから、これでいい。

一方で、歴史上の探検がそうであるように、アプローチは歩くことで、人類初登頂の山に対してフェアでありたい。そのためには一番長大で一番ハードなルートを選択しなければならない。この遠征には、初登頂のほか、民族、氷河などの様々な関心があり、また隊員の興味もそれぞれですが、1000㎞歩いた先には僕たちがめざす土地がある。これだけは忘れずに、みんなで歩こうと最終的には落ち着きました。

そしてこれこそが、今、僕らが為し得る満点であり、だからこそ、多くのひとたちとこの〝壮大な体験〞を共有したいと思いました。なぜなら、大人になったら、こんなバカげたことはできないでしょう(笑)。

――将来の夢。

井上:あまり先のことは考えていませんが、まずはこの旅を成功させたいです。しっかり歩いて、ご飯を食べて、1000㎞先まで歩みを止めないこと。そのための信条が〝停滞しないこと〞です。これから先、なにが起きるかわからない。けれど、時間は待ってくれない。もしピンチに陥ったら、今僕たちがもっているなかで、これだというものを選び、状況を更新していかなければならない。1000㎞先にはいったい何があるんだろう。2019年開催予定の報告会では、それをみなさんにお伝えできればと思っています。

取材日= 2018年8月12日

写真=平山訓生

文=木村和也

写真提供=早稲田大学探検部