登山家 ミック・ファウラーさん|登山と仕事を両立しながらでも理想の登山は実現できる

山歩のひと
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フリーペーパー『山歩みち』2014年秋 017号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2014年時点

ミック・ファウラー 1956年、イギリス生まれ。高校卒業後、税務署に就職。年次の休暇を利用して、カラコルム、インド、中国などで数々の未踏峰、未踏ルートの初登攀を成し遂げる。11~13年には伝統ある英国山岳会の会長を務めた。今回が初めての来日。

税務官として35年以上フルタイムの仕事を続けながら、年1回の長期休暇を使って、数々の未踏の難ルートを開拓してきた英国の登山家、ミック・ファウラー。〝偉大なるアマチュアクライマー〞とも称される彼だからこそ語れる、「登山」「仕事」「家族」とは?

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ただ登るだけではなく、山麓の文化にも触れたい

――昨日はオフ(※1)だったんですよね。どのように過ごされたんですか?

ミック:午前中は原宿のアウトドアショップを巡ったり、代々木公園を散歩しました。午後は知人の中村さん(※2)にお会いして、彼が踏査した東チベットの写真を見せてもらいました。東チベットは未踏の山がたくさんあり、文化的な観点からもおもしろい地域。彼の話や写真から冒険心がくすぐられ、次の登山へのインスピレーションが得られましたね。

※1│来日期間は6月6日~13日。その間、神戸や大阪でのトークイベント、小豆島の岩場でのテレビ番組の収録、インタビュー取材など、多忙な日程をこなした。

※2│一橋山岳会の中村保氏。ヒマラヤの東部地域を丹念に踏査して、その成果を国内外で発表。海外でも高い評価を得ている。

――87年のスパンティーク北西壁ゴールデンピラー、02年の四姑娘山(スークーニャンシャン)北西壁、最近では12年のシヴァ北東ピラーなど、30年以上の海外登山のキャリアを通じて、あなたは人が目をつけないようなすばらしいルートをいくつも登ってきました(※3)。そうした登山もやはり一枚の写真が出発点に?

ミック:私は日ごろから山岳雑誌や報告書、カタログやチラシなどを見て、気になった山の写真を切り取ってファイルにまとめています。そのなかから実際に登る山をピックアップしているのです。

私が惹かれるのは、力強い山容で、頂上にまっすぐに延びる明確なラインがある山。その山やルートが前人未踏であることも重要な要素です。加えて、文化的な側面も重視しています。欧米人がほとんど入ったことがない地域に入り、現地の人々と交流したり、異なる文化に触れたり、美しい景色を発見する。そうした"新しい経験"を積むことも、クライミングと同様に、私にとっては悦びなのです。

※3│02年の四姑娘山(中国/6250m)北西壁初登攀、12年のシヴァ(インド/6142m)北東ピラー初登攀で、2度のピオレドール賞を受賞している。

――充実した登山を行なうには、山選びもさることながら、パートナーの存在も重要ですよね。

ミック:クライマーにもいろいろなタイプがいます。そのなかで私は、自分が志向する登山と同じような経験があり、さまざまな場面での判断基準が似ていて、そしてなにより尊敬できる人物を選んでいます。その意味で、ここ10年間ぐらい一緒に登っているポール・ラムズデン(※4)はベストパートナーといえます。

たとえば、彼と四姑娘山を登ったとき。初日からテントを張れる場所が見つからず、岩壁の小さなでっぱりに立ったままで夜を過ごすことになったんです。新雪が壁を流れ落ちてくるし、風が強くストーブを点けることもできない。そんな悲惨な状態に陥れば、だれもが「下山しよう」と言いだすでしょう。でも、私もポールも「下山なんてありえない」と。それがふたりの共通した考えでした。私たちは登り続け、結果として北西壁の初登攀を果たすことができました。

※4│2000年代以降、多くの海外登山を共にしている。仕事はフリーの衛生管理士。

――トイレの水漏れでできた氷柱を登ったこともあるとか?

ミック:ええ(笑)。30歳ぐらいのときです。通勤路だったロンドンのセントパンクラス駅のトイレが水漏れして、数日すると凍って20mぐらいの氷柱になったんです。それを見て、「よし登ろう!」と。すごくいいクライミングでしたよ。氷柱のてっぺんは凍っておらず、臭い思いをしましたけど(笑)。


ロンドン市内でトイレの水漏れの氷柱を見事〝初登攀〟した

登山と仕事を両立させるには…

――ミックさんといえば、税務官の仕事を35年以上堅実に続けながら、年次の長期休暇(30日間)で海外の山に登っていることでも有名です。登山と仕事を両立させる秘訣はなんですか。

ミック:もっとも重要なのは、上司や同僚と信頼関係を築くことです。そのために普段から人一倍働いて、成果を出すことを心がけています。

また、私が出かけている間にも仕事が滞りなく進むよう、職場には1年ぐらい前から登山の計画を伝えています。こうした日々の積み重ねがあってこそ、まわりから理解を得られるのです。

税務署の機関誌に登山の記事を書くこともあります。私のように税務官として働きながら自分がやりたいことも実現している姿を外部に発信することで、若い人たちがこの仕事に興味をもつきっかけになればと。これも、私が職場のためにできる貢献のひとつですね。

――あなたほどの実績があれば、プロクライマーや山岳ガイドになり、自分の時間のすべてを山に注ぐこともできるのではないでしょうか。

ミック:過去に1度だけ、登山のインストラクターになろうと考えたことがあります。しかし、結局はやめました。家族と過ごす時間を大切にしたかったし、登山を「Job」ではなく、「Hobby」のままにしておきたかったからです。妻や子供たちと多くの時間を共にしつつ、限られた休暇で納得のいく登山も行なうことができて、私は今の生活に心から満足しています。

――第一線の登山を何十年にもわたって続ける秘訣を教えてください。

ミック:難易度や高さにこだわらず、写真などを見て、純粋に「登りたい!」と感じる気持ちを大事にすることじゃないでしょうか。年齢とともに身体的に登れない山も出てきますが、そのときどきの自分のレベルに合った山を選んで、登山そのものを楽しめれば、自然と長く登り続けることができると思いますよ。

――今年58歳。困難な登山を続けることに対して、家族から反対されたりはしないんですか?

ミック:それはまったくないです。妻自身も山を登りますし、彼女は登山が"私の魂"であることを理解してくれています。

――奥様こそがあなたを支える最良のパートナーなのですね。

ミック:そうかもしれませんね(笑)。登山と仕事の両立の難しさは、イギリスでも同じです。でも、職場や家族といい関係を築きつつ、計画的にことを進めれば、だれでも、理想の登山を実現できると思いますよ。

日本の山岳雑誌の写真を見ながら、「ここの尾根が登れそうだね」と楽しそうに語る

写真=田渕睦深

取材・文=谷山宏典