(社)日本山岳ガイド協会公認ガイド 谷剛士さん|涸沢・穂高にもっと来てほしい

山歩のひと
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フリーペーパー『山歩みち』2010年秋 003号掲載

※この記事はフリーペーパー『山歩みち』に掲載されたものに一部加筆、修正を加えたものです。基本的には取材時の内容となっておりますので予めご了承ください。

Profile ※2010年時点

たに・たけし 大阪府生まれ。18歳から後立山連峰の唐松岳頂上山荘で働きはじめ、20歳のときに涸沢小屋に入る。以来10年間、涸沢小屋の小屋番として涸沢に暮らす。㈳日本山岳ガイド協会公認ガイド、信州登山案内人、長野県遭対協山岳救助隊員・遭難防止常駐隊員

アルプス、そして穂高――。山登りをはじめたばかりの人にとって、その名はあこがれを抱くとともに、「自分のレベルではまだまだ…」と遠い存在に感じてしまっているのではないだろうか。谷剛士さんは、穂高連峰のふところにある涸沢小屋の支配人。彼は言う、「もっと多くの人に、涸沢に穂高に来てほしい」と。この言葉の背景には、谷さんの穂高・涸沢への強い想いがあった。

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誰もが〝自由〟に山を楽しめるのが穂高、涸沢の魅力

――涸沢小屋の小屋番として働き始めて10年になるそうですね。この10年で穂高・涸沢の雰囲気って変わりました?

谷剛士さん(以下、谷):最近若い人が増えていますね。これまでは年配の人と若い人の割合が9対1ぐらいでしたが、7対3ぐらいになっている気がします。ただ、みなさん「穂高だから登りたい」ということではなく、富士山や屋久島に登って、「じゃあ次は穂高に行ってみるか」という感覚みたいで。だからぼくたちも、「穂高を好きになってください」ではなく、「穂高を通じて、もっと山の魅力を知ってくださいね」という気持ちで日々接客しています。

――日本にはたくさんの山がありますが、そのなかで穂高・涸沢の魅力ってなんでしょう?

谷:穂高・涸沢はなによりも「自由さ」が魅力ですね。ピークをめざして登っていくこともできますし、涸沢でテントを張って山を眺めながらコーヒーを飲むだけでも楽しい。ロープを使って困難なルートに挑戦することもできるし、花を見るために登ってもいい。スキーを覚えれば春はスキーも楽しめます。

「穂高はこう登らなきゃいけない」というルールはなく、山に関わるいろんな人が共存し、お互いがお互いを尊重し合える山なんですよ。なんでもありというか。もちろん、だからといってだれもが気軽に登っていいというわけじゃなく、穂高は岩山ですからちょっとした転滑落が大ケガや死亡事故に直結するリスクだってあります。ですから、自分がケガをせず、人にケガをさせず、そして自然をきずつけないという大前提を守ったうえで、自由になんでも楽しむことができる山だといえますね。

夏の涸沢。右下が、谷さんが働く涸沢小屋。青空をバックに奥穂高岳(左)、涸沢岳(中央)、北穂高岳(右)がそびえる

「穂高ガイズ」に託した想い

――今年7月に「穂高ガイズ」というガイド組織を発足されましたよね。

谷:はい。ぼくを含めて涸沢小屋の小屋番の何人かがガイド資格をもっていて、だったら涸沢まで登ってきたお客さんをさらに上の奥穂や北穂、前穂までガイドしてあげる専門のガイド組織があってもいいんじゃないか、ということになりまして…。

※2019年現在「穂高ガイズ」は活動停止中

――穂高ガイズのウリは?

谷:ひとつには料金面の安さがあります。一般の個人ガイドだと上高地までの交通費、涸沢まで入山する1日分のガイド料、小屋の宿泊代がかかりますが、穂高ガイズのスタッフは涸沢に暮らしているのでそれらのコストをカットできます。ちょっとむずかしいルートにチャレンジしてレベルアップしたいけど、個人ガイドを頼むほど金銭的な余裕がない人にとっては、これまでよりも気軽にガイド登山ができるんじゃないでしょうか。

また、ぼくたちは穂高専門のガイドです。だからこそ、現在のルートだけではなく、この山域の歴史や伝統、自然環境の変化などについてもガイドすることができます。さらに、ガイド料金の15%を登山道の整備や自然保護活動、遭難防止活動の資金に充てさせていただいています。みなさんのお金を、ぼくたちを通じて、穂高の未来に還元していくのです。つまり、登山者のみなさんが穂高、涸沢の過去・現在・未来に関われるシステムが穂高ガイズなんです。

――なぜ穂高ガイズをつくったのですか。

谷:ぼくがずっと考えていたのは、穂高・涸沢という山を守り、この山の未来を育んでいくチームを作ることなんです。国や県とかの行政区分とは別の、登山者とガイドと山小屋という、この山に関わり、この山を愛する人たちが一体となったチームです。穂高ガイズはそのための方法のひとつであって、もしほかにもっといい方法があればそっちに力を注いでもいいと思っています。訪れるすべての人が楽しみ、共存できる、自由な穂高を、みんなで一緒に作っていきたいんです。

「思い入れやこだわりのある山道具をもってきてください」とお願いしたところ、谷さんがもってきたのは「長野県遭対協のキャップ」。このセレクトからも、穂高の小屋番、穂高のガイドとしての責任感が伝わってきた

まずは涸沢に来てほしい

――最後に、これから山登りをはじめたいと思っている人にひとことお願いします。

谷:ぜひ、涸沢に来てください、ということだけです。涸沢まで来れば、つぎに登りたい山が見えてきて、もっと山が好きになっていくはずですから。とはいえ、みんながみんな上をめざすべきだと思っているわけでもないんです。「自分は涸沢で充分だ」と感じるんだったら、それはそれでその人のこだわりだと思うので、ぼくは尊重したい。自分のスタイルで山を楽しめるのが、穂高、涸沢の自由さなんですよ。まあ、でも涸沢をぐるりと囲む山々の景色を見れば、9割以上の人が上に行きたいと思うんじゃないでしょうか。穂高って、そういう山なんですよね(笑)。

写真=加戸昭太郎

2020年現在の谷剛士さんはカナダで活躍中!

涸沢小屋での仕事を経て谷さんはカナダへ旅立ち、現在はカナダでも超難関といわれているアルパインガイド資格を取得し、季節を問わずカナダの大自然をまるごと案内されています。こちらのブログには現在のお仕事のほか資格取得までの道のりも詳しく紹介されており、これを全て英語でクリアしていったなんて、驚きと感動と尊敬と。。谷さんのステップはもちろんのこと、カナダでのガイド業に興味のある方も、ぜひ一度読んでみてはいかがでしょうか。

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