映画『フリーソロ』紙一重の生と死~一歩二歩先行くドン引きクライミング

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出典:Wikimedia Commons/Mike Murphy
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【推し企画】山歩みちライターと編集部が、自分の好きな登山に関する「推し」映画や本などについて個人的な想いのみで語っていきます!

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『フリーソロ』あらすじ

“生きるか、死ぬか” の極限映像

地面から垂直に切り立った数百メートルの岩壁を、命綱となるロープや安全装置を一切使用せず、己の手足のみで登る。最もシンプルで、最も危険なクライミング“フリーソロ”の若きスター、アレックス・オノルドに1年間、カメラが密着。

彼が抱く壮大な夢、それはカリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえ立つ、高さ975メートルの断崖絶壁エル・キャピタンのクライミング。フリーソロで登り切った者は、かつてひとりもいないこの絶壁に彼はどう立ち向かうのか?カメラは、たゆまぬ訓練と試行錯誤を重ねるアレックスのトレーニング風景、孤独なフリーソロに身を投じていく姿を克明に記録していく。

そして2017年6月3日、遂にエル・キャピタンに挑むアレックス。岩壁に設置した固定カメラ、空中のドローンカメラ、クルー総動員のカメラが映す極限映像に驚愕する事、間違いなし!

引用:amazon

信じられない!なぜロープなしで登る?

山登りから派生して、フリークライミングの1種である外岩のリードクライミングを始めて約5年弱。“高校時代の部活” とも例えられるほど、クライミングは私にとってライフスタイルのひとつです。

リードクライミングは安全確保をしながら2人1組で行い、50mまたは60mのロープ1本をいわゆる命綱のようにして、ショートルート(1ピッチ)10~30mの高さの壁を登ります。但しロープはあくまで万一の安全確保のためであり、登る時に使うのは自分の手と足のみです。体の重さをかけてぶら下がったりロープやギア類をつかんで登るのは、フリークライミングの中では完登とはいえません。

一方、フリーソロというのは、その命綱となるロープさえつけず、何のサポートもなしに体ひとつで登ること。ご想像の通り、数メートルの高さだとしても、落ちたら即死の可能性があります。

映画『フリーソロ』の舞台は、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園のエル・キャピタン。主人公アレックスがトライするのは南西壁のロングルート “フリーライダー” で、37ピッチの約915m、難易度が5.12d・5.13a。フリーライダーはサラテ(35ピッチ870m・5.13c)の難所ヘッドウォールを左に巻き、再びサラテのラインに合流するルートだそう。山頂まで登るのに平均3~5日ほどかかるそうですが、なんとアレックスは900m以上もの高さの壁を、フリーソロで、3時間56分で完登しています。

ロープクライミングをするクライマーは言うまでもなく、命綱のロープを使うのが基本中の基本。フリーソロに挑戦する人はクライマー全体の1%未満といいます。リードクライミングでさえも墜落死の可能性はあり、ロープありでも冷や冷やすることが多々ありますが、わずかなミスも死に直結するフリーソロで登ることに、恐怖心や不安はないのでしょうか…。

彼に恐怖心や不安はないのか

実際に登っている動きからは恐怖心を全く感じていないように見えますが、実はそうではないようです。恐怖心が顔を出す難所を克服するために、頂上からロープで降りて丸一日練習したり、一年間毎晩ストレッチをしたり、手がかりも足がかりも迷うことなく一連の動きが再現率100%自動化するように覚えたりと、一般的なクライマーと同じように、何度も何度も練習して恐怖心や不安要素を克服しています。

では、同じく恐怖心を持ちながらもフリーソロにこだわるアレックスは、私たち一般クライマーと何が違うのでしょう。

神経学者によるMRIでアレックスの脳内を調査すると、異常もなく機能不全でもありません。ただ、扁桃体の反応が一般人と違い、普通の人よりもっと強い刺激がないと反応しないことが判明しています。また、人格調査では同年齢の男性クライマーと比較して、脱抑性、つまり刺激や興奮を追求する値が高く出ました。そして彼には、極限状態でも自分を平常心で保つことができる能力もあります。

アレックスは別のルート “ハーフドーム” をフリーソロで完登しましたが、その時は躊躇や恐怖心があり、本来望んでいた達成感は得られなかったそうです。

私を含め多くのクライマーは、不安や恐怖心を抱えていても目的のルートを初めて完登できればとても嬉しいし、その状態でも十分達成感を得られると思います。しかし、アレックスはメンタル面やフィジカル面をさらに鍛えて、初めて完登に挑戦する壁にも、精度と完成度の高さを求めます。

「落ちて死ぬのはまっぴらだ。でも、成功すれば達成感が得られる。その感覚は死に向かうと高まる。だから失敗は許されない。“完璧”に近づくならフリーソロ。完璧を感じた時は最高の気分」だと。

出典:Facebook/Alex Honnold

家庭環境による影響

また、フリーソロにこだわる理由のひとつには、両親との関係も影響しているようです。

気難しくてこだわりが強く感情を内に秘める父親と、“成功以外は失敗” “おおむね十分は不十分” という言葉が好きな母親。その両親の元に生まれたアレックスは内気で、クライミングパートナーに声をかけるのが苦手だったため、ソロで登り始めたそうです。

父親はクライミングに協力的だったようですが、どんなに頑張っても認めてくれない母親との関係性が、より大きく困難な壁で、死に近づくほど達成感が高まるフリーソロに挑み続けるバネにもなっている、と語っていました。

映画を最後まで見ると、アレックスは穏やかで感情をあまり表に出さない温和な雰囲気。こんな彼のどこから驚異的な力が湧き出てくるのか不思議でなりません。身体的な繰り返しの練習はもちろんですが、行き詰まった時などのあらゆる感情をも脳内でシュミレーションして、全てを想定内の出来事として、本番で疑念が忍び込む余地がないようにしています。

ドン引き具合が違うだけ

私は大晦日にもホームゲレンデに行きます。「大晦日に来る人は、頭のネジが外れているね」なんて仲間内では “ネジ外れ” をお互いに認めて笑い合っています。

自分とちょっと違うベクトルのクライマーを見ると、「ストイックだな、私にはできない」と思いますが、その人にとってはそれが常。そんな私も年間50日ほど岩場へ足を運ぶため、「よく行くね、よく登るね」と周囲の友人からはドン引きされます。きっと違う人種だと思われているかもしれませんが、私にはそれが常。

同じクライマーでも、楽しみ方や何が好きかは人それぞれ。ハングが好きな人、クラックが好きな人、垂壁が好きな人、ワイドが好きな人、花崗岩が好きな人、石灰岩が好きな人、凝灰岩が好きな人、チャートが好きな人、現状維持の人、限界グレードを更新したい人、特定のグレード100本完登を目標とする人など…。

そう考えると、フリーソロで900m以上を登るなんてドン引きするし、彼は違う人種なのだと思ってしまいますが、アレックス本人にとっては常なのでしょう。 “花崗岩が好き” で “より大きく困難な壁が好き” で “フリーソロで完璧に登ることが好き” な人だと思えば、それも楽しみ方のひとつとして捉えることができる気がします。

理解不能、なのに共感

ただ共通するのは、1つのルートを完登するまでの苦悩や努力、恐怖や不安、そして喜び。きっとどんなクライマーでも同じ気持ちです。できない難所を何度も練習し、自分に一番合った動き方を自動化させて不安や恐怖心に成功体験を上書きしていき、自信をつけます。

私はどうしても完登したいルートを、1年3か月、通算60回ほど登って完登した経験があり、その時は嬉しくて涙が出ました。でも、私以上に年数をかけて完登するクライマーも沢山います。アレックスがフリーライダーを登りきった時に泣きそうなのを堪えていましたが、私も泣きそうになりました。

クライミングは、誰に対しても同じ状態である “動かない壁” に対峙します。人それぞれ四肢の長さ、柔軟性、保持力なども違う中、自分に合う動き方を探していきます。クライミングはとてもデリケートで、とても奥が深い。そして自分の上達が分かりやすい。だから楽しいのです。

個人的には今、5.11台を登り込んで引き出しを増やして定着させ、限界グレードを更新したいと思っています。そんな自分を投影した、映画『フリーソロ』のインプレッションでした。

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この記事を書いたひと

リードクライミングを中心に、クライミング要素が強めの山行を通年楽しんでいます。両足手術後の快復をきっかけに、年をとっても自分の足で岩や山を登って大自然のパワーを吸収する人生を送るために、日々精進中。

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