映画『MERU』極限状態で見せる魅せられるプロフェッショナルの笑顔

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【推し企画】山歩みちライターと編集部が、自分の好きな登山に関する「推し」映画や本などについて個人的な想いのみで語っていきます!

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『MERU』あらすじ

ヒマラヤ山脈メルー中央峰にそびえる岩壁“シャークスフィン”。

この難攻不落の直登ダイレクトルートに挑んで敗れた3人の一流クライマーたちが、過去や葛藤を乗り越え、再び過酷な大自然に立ち向かっていく姿を描いた、壮大なスケールの山岳ヒューマン・ドキュメンタリー。

映画『MERU』公式サイトより

断崖絶壁に17日間…それでも笑顔な男たち

なぜ山に登るのか?登山を嗜む人なら、誰でも考えたことのあるはずだ。自問自答したり、親しい人から質問されたり。楽しいから、と一概に言えないのが登山の不思議なところだ。

「そこに山があるから」という有名すぎる一言は、もともとイギリスのエベレスト遠征隊の一員だったジョージ・マロリーの「Because it`s there」を和訳したものだ。彼は1924年の第三次エベレスト遠征の際に行方不明となるが、彼がエベレストの初登頂を遂げたかどうかは未だに意見の別れるところではある。

そんなマロリーの遺体を1999年に発見したのが、世界的な登山家コンラッド・アンカー。ノースフェイスの登山チームのリーダーで、主要な功績だけでも列挙に暇がない彼だが、その功績の一つがヒマラヤ・メルー峰の「シャークス・フィン・ルート」の初登頂である。その二度の挑戦、そしてその合間の期間の様々な葛藤や事故を、チームの仲間ジミー・チンが自ら監督となってカメラを回したのが、ドキュメント映画『MERU』だ。

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クライミング経験はほとんどない私だが、彼らの挑戦がどれだけ常軌を逸しているか想像できる。ほぼ直角にそびえる断崖絶壁に、一度目の挑戦時は17日間も宙づり状態。嵐で四日間ポータレッジ(崖に吊るすテント)に閉じ込められ、食糧もなく、気温は-20℃、塹壕足、凍傷寸前、ツルツルの岩壁・・・。それでも彼らは登り続け、時には笑顔さえ見せる。

映画に触発されて冬の平標山へ

『MERU』を鑑賞して以来、10代の時から登山が好きでひとりでも思いつくままに山へ行っていた私にとって、彼らは強い憧れになった。自慢できるほどではないが、私も私なりに様々な挑戦をしてみた。特に雪山への挑戦は相当な準備もなく無謀といえるものばかりで、アイゼン、スノーシューなどの当たり前な装備品がそろうまで、中々の痛い目にあってきた。

なかでも、新潟県と群馬県の県境にある平標山。映画を見て直後のことだったろうか、触発されたかのように真冬の雪山へ初挑戦した。ノースフェイスの冬山用登山靴こそ買ったものの、あとは簡易アイゼンだけで行けるだろう、という今振り返れば無謀な試みだった。もちろん結果は惨敗。新雪の上にトレースはほぼなく、ずっとラッセルをして、凍傷寸前でリタイアした。年甲斐もなく泣きそうになりながら、バーナーで靴下を乾かそうとしたのを覚えている。

「登山は危険を見極めるゲームだ。無謀とは違う。無謀なことをして死んだら、それは恥であり不名誉だ。危険を軽視せずきちんとコントロールして、ギリギリで止まるんだ」

映画に登場するジョン・クラカワーの言葉だ。運よく助かったが、改めて登山の恐ろしさを知り、装備とリスク管理の大事さを痛感した。我ながらアホだったと思う。

再挑戦!問われるリスク管理

一度目の挑戦時、コンラッド、ジミー・チン、そしてレナンの三人のチームは、一週間分の食糧を切り崩しつつ、不屈の闘志を持って登り続ける。だが山頂まで100m、というところでリタイアする。いつでも理性的であることが大事だと彼らは言う。

三年を経て、様々な想いを胸に、二度目の挑戦に向け再結集する三人だったが、私のアホな失敗談にもなんと続きがある。前回の反省を踏まえ、再び平標山に挑んだ時の話だ。

平標山には二つのルートがある。平標山登山口バス停から、東側の別荘地を抜けて沢沿いに林道を歩く道と、西側の尾根沿いに急こう配を一気に登るルートだ。ノースイーグルの割安なスノーシューを手に入れた私は、前回とは反対の、急こう配のルートから山頂を目指すことにした。

平標山は、その名のとおり山頂付近の丸っこい平らな形が特徴で、春夏は高山植物が美しく、木道もあるので長閑な山である。だが冬は特段メジャーな山でもなく、初級者向けでもなければ中級者好みというわけでもない。二度の登山を通して、私以外の登山者は一人しかいなかった。二回目のこの時も、トレースは皆無で、遠くのゲレンデの騒がしい音を聞きながら悪戦苦闘した。

手短に言うと、急こう配の新雪に苦労し、森林限界を抜け、ふっくらした饅頭のような尾根から山頂をのぞんだところで、リタイアした。

東京から公共交通機関利用での日帰りアクセスでは、経験を積まねば時間内の往復は難しかった。頭には、コンラッドたちのことが思い出される。自分やチームメイトの体力、疲労感、時間との勝負。チームを率いるコンラッドは極限の状態で理性的にリスク管理をし、撤退を選んだ。もちろん、チームもそれに従った。なるほど、これがチームの信頼関係か、と思ったものだ。

余談だが、山頂を横目に食べたジンギスカンはそれなりであった。風が強いので雪を掘って風防を作ってバーナーで料理する。これも冬山の醍醐味だろう。

崖の上で脳梗塞!? 災難を乗り越えるチーム力

コンラッド一行は大きな挫折を味わったが、日常に戻っていった。が、レナン、ジミーはそれぞれ山上での撮影中に大事故にあい、特にレナンは重体で、脳に流れる血流が半分になるという障害を負う。レナンは過酷なリハビリにより驚異的な回復を見せ、わずか五か月後に再びメルー峰に向かう。

なにより印象的なのが、そんなレナンをチームは迷いもせずメンバーに加えたことだ。高度6000mの環境で、脳梗塞になる恐れが指摘されていて、実際にレナンはポータレッジ(クライミング中に崖上に吊るすテント)のなかで、支離滅裂なことを口走りメンバーをひやりとさせている。見ているこちらからすれば、「暴れたらどうするんだ…」と思わざるをえない場面だ。

それでもチーム一丸となり、ポータレッジの破損という危機も乗り越え、メルー峰の踏破を遂げた。前回とは違い好天に恵まれた幸運もあるが、彼らの勝因はその信頼関係であるように思える。そしてその信頼関係に下支えされた、ジミーのジョークと笑顔によるところも大きい。

考えてみてほしい、男たちが風呂も入らず、同じテント内に、しかも宙づりで、何日間も一緒に過ごすのだ。ご飯もない、酒もない、お尻を拭く紙もない。疲れ果てているとはいえ、極度の緊張と恐怖のなか人間関係に支障をきたしそうなものだ。

フィクションだとしたら「こんな時なのに、なぜ喧嘩をする?」とツッコミをいれたくなるような場面がきっとあるはずだ。もしくは、邪推すれば、カメラに映っていないだけで「おまえのチーズのほうが大きいぞ!」などと喧嘩しているかもしれない。

だが、ジミーの自嘲的なジョークを聞いていると、人間関係を円滑に保ち辛い時こそ笑顔でいること、これも含めて彼らがプロフェッショナルである所以なのだ、とつくづく感じた。ひとかけらのチーズしか食べられなくても、笑顔とジョークを絶やさず、お互いを尊重する。それはどんなチームにも大事なのだと、私のような単独登山者でも思い知った。

同行者が不調の時は、もちろん無視したり責めるようなことは論外だが、殊更に心配し過ぎてもいけない。本人もチームのメンバーも、軽く笑い飛ばせるくらいが丁度良さそうだ。

私も友人と原付で離島を一周旅行したとき、友人が転倒して怪我をし、苦労した覚えがある。病院の手配や幕営地での衛生面でのこともそうだが、なによりも空気が重くならないように気を配った。男同士というのも単純なようで難しく、ミスは笑い飛ばして、時には自分も軽いミスをして帳尻を合わせるのも一つの手だ。

コンラッドは、「経験値はチームとしてあればいい」と言っている。リーダーである彼もメンバーを信頼しているし、自分の経験を分け与えようという意識が強い。メンバーのジミーとレナンから見れば、コンラッドは神のような存在かもしれないが、それでも意見は主張するし、誤りは訂正する。

驚異的な大自然のなか、彼らの人間関係は陽の光のように、爽やかな輝きを放って見える。そして一度の挫折を共有したことが、より強い信頼関係を生んだのかもしれない。彼らの強固な意志と人間関係は、この三人でメルーを制覇できないなら、死んだ方が良いと思っているようにさえ、私には思えて仕方ない。

まとめ:男たちの挑戦から学ぶこと

自分は、冬山への挑戦をするにあたり、この映画から多くの教訓を得た。

登山をするうえで、体調と装備の準備、リスク管理、チームの信頼関係、そして笑顔。これが大事だと、彼らから学んだ(計画をしっかり立てることも重要だが、それについては彼らは鷹揚としすぎていてあまり重視しているようには見えなかった)。常軌を逸している過酷な挑戦だからこそ、挑む価値があるのだ、と思えるようになった。

陽光を眩しがっているようにも、苦しんで吐きそうなようにも見える、逆境で見せる彼らの笑顔は、いつまでも私の手本だ。

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この記事を書いたひと

舞台を仕事とする都内在住独身男。自己形成のための登山と言いつつ、いつも飯のことしか考えていません。八ヶ岳、アルプスを中心に登っています。テント泊、冬山、ユーモアのセンスは初級者。読んで楽しく得する記事を心がけ頑張ります。

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山歩みち