『山歩みち』2024年夏047号掲載
この5月、日本山岳ガイド協会が発表したアナウンスが世界で大きな波紋を呼んでいる。今後のガイドのあり方はどうあるべきか。そのためには何をすべきか。多くの一般登山者と共有したい、この国が抱えるひとつの問題点。
〝消費〟される日本の山
ガイド天国ジャパン──今、外国に住み、外国で山を生業として生きる自分がよく聞く言葉だが、みなさんはその真意はなんだと思うだろうか? 日本の山は地形や気候がすばらしく、ガイドするのに適している! 日本の雪は最高! はたまた日本人はとてもやさしく親切だからガイドをしやすい…などと考えるひとは多いかもしれない。それらの要素もあるとはいえ、その言葉の真意は、じつは「日本は山岳ガイドの資格がなくともガイディングができる国」という点にある。
この1、2年、コロナ禍による制限が緩和され、日本の山でも急速にインバウンド需要が高まり、そうした状況のなかで、〝外国人による〟遭難事故、雪崩事故、スキー場のコース外滑走などのマナー違反などの案件が多発するようになった。注意すべきは、これらの事例が、単純にインバウンド需要が増え、外国人観光客の絶対数が増えたことだけが理由ではないことだ。
そこで〝ガイド天国ジャパン〟に話が戻る。
日本では、夏山に限らず雪山、冬山、バリエーション登攀、バックカントリー(BC)スキーなどを案内する際に、ガイド資格が法的に必須ではないため、無資格ガイドが案内しても罰則がない。そのため、たとえば外国人登山者が外国人無資格ガイドを雇って日本の山を登ったり、滑ったりしても、法的に問題は生じない。極端な例でいえば、登山技術が未熟な上に、その地域の歴史や背景、ローカルルールを知らない、いわゆるモラルの欠けた無資格外国人ガイドが山を案内してもよい上に、彼らを取り締まることすらできない状態にある。事実、日本に拠点を置く一部の外国籍法人のガイディングカンパニーでは、その〝抜け道〟を使い、インバウンド需要でこの数年売上を伸ばし、この冬も同様に経済活動を続けてゆくだろう。
その結果どうなったのか。オーバーユースにより日本の有名な山岳地域やパウダースキーが楽しめる豪雪地帯の山々──世界に誇れる日本の山岳資源は〝消費〟され、結果、規制が強まり、一般の登山者にまで影響が出てきている。加えて、オーバーユースによる登山道整備などの地域負担、救助要請に伴う関係各所の業務負担、救助費用の税金負担など、マイナス面をあげればキリがない。話は逸れるが、このような無資格ガイドを取り締まるためにも、日本のガイドや協会は、欧米各国のように日本の山岳ガイド資格を国家資格にするための絶大な尽力を今も継続している(※1)。しかし、残念ながら、現時点(2024年夏)では、民間の資格に留まっており、国や地方自治体、国立公園などとの間における具体的な法整備も具体的には進んでいない。
波紋を生んだアナウンス
こうした国内事情を打開するために、2024年5月、フランス・シャモニーでの国際山岳ガイド連盟総会にて日本山岳ガイド協会は、関係各国に対し、国際山岳ガイド以外は日本の山にガイディングで来ないようアナウンスを行った。そして今、そのアナウンスが、海外で大きな波紋を呼んでいるのである。
日本でガイド資格を公認する最も大きな団体は日本山岳ガイド協会である(※2)。その資格は大きく自然や登山・登攀ガイド、スキーガイド、クライミングインストラクターなどの3つの専門分野に分かれ、分野ごとにヒエラルキー(階層)が作られている。それらの資格は国内のみで有効で、すべてを包括する形で国際山岳ガイドが設定されている。この、専門分野ごとにガイド資格がいくつかあるというシステムの大枠は、日本に限らずカナダ、アメリカ、ニュージーランドなど、英語圏の国々でも採用されている(ヨーロッパのみ異なり、ガイド=国際山岳ガイドである)。国際山岳ガイドは、国際山岳ガイド加盟国(日本のほか欧米など)で、登山・登攀に限らず、スキー、クライミングをガイドすることが許されている。
今のインバウンドで山にお金を落とす富裕層の多くは、英語圏、または英語を話す人たちが圧倒的に多く、外国人登山者は英語を話せるガイドを雇うことが多いのが実情である。そしてこのことが、先の波紋が生まれる呼水となったのである。まずは、これまで日本のBCスキーを案内してきた外国人有資格〝スキーガイド〟が、日本でガイドをできなくなったからである(※3)。これにより、今まで数字に現れなかった(彼らこそが防いできた)事故などの問題が表面化する可能性がある。次に日本に在籍する外国人オーナーのガイディングカンパニーの対応である。とにかく英語を話せるガイドをこの冬までに確保したい彼らは「日本は無資格者が山をガイディングしても罰則がない。就労ビザを出すので冬の間仕事に来てくれ」といった情報を関係各国に流してしまった。
これにより、国際山岳ガイド資格を持っていない有資格外国人(例えばスキーガイド)は、罰則がないとはいえ、アナウンスによって公的なガイドとして発信しにくくなり、日本に行きにくくなった。あるいは、国際山岳ガイド連盟から何らかの罰則を受ける可能性があるという状況にもなった。一方、なんのトレーニングも試験も受けていない、ただ英語を喋れるだけ、山に登れるだけ、滑れるだけの外国人が、日本でのガイディングができるという矛盾が生じてしまった。この状況は、教習所に何日も通い、がんばってクルマの免許をとった人が、運転中シートベルトをしていなかったら罰則や罰金を受けるが(当たり前)、教習所にも通わず免許も取らずクルマを運転、その上、シートベルトをせず見つかっても、罰金や罰則がないという状況に海外からは〝見える〟のである。
有資格ガイドの必要性
矛盾に助長をかけている部分はほかにもある。日本には山岳ガイドや指導員の資格を発行する組織や地域が複数あり(※4)、その歴史的背景などにより、それぞれを結ぶ互換性はない。日本の関係各所からすれば、まずは国内の資格統合問題を解決してから外国人無資格者問題について対応するという話もあるだろうが、これも再考の余地がある。どのような資格であれ、講習なり試験を受けて資格をとったひと、資格に対し時間とお金を費やさなかったひと、そのどちらが問題を起こすリスクが高いか、対応すべき優先度はどちらが高いかは明確だろう。また、有資格者であれば、違反行為等があった場合、資格発行団体、地方自治体のなかで罰則を適用することもできるはずだ。
あるいは、資格がなくとも、クライミングのグレードが高い人やスキーがうまい人にお金を払って連れて行ってもらおうと考える人もいるだろう。これも考えてもらいたい。有資格者は登山やスキー、クライミングができることが前提で、その上で〝ガイド〟という専門のトレーニングを受けている。ガイドという技術は依頼者の安全を担保にしており、それに対して対価が生じている。そう考えると雇う側(法人、行政等)にもガイドが有資格者かどうか見極める責務があるはずだ。そしてこのような状態が、日本での山岳ガイドの歴史が始まって以来、何十年もの間、変わらず続いている点も問題を根深くさせている一因だと思われる。
これまでのように協調性の高い日本人だけが入山するのであれば問題は少なかったかもしれない。しかし、日本の自然を求め、世界各国から多くのインバウンドが訪れるようになった将来、この問題は、より深刻になるだろう。このような法の抜け道から生じる矛盾により、海外の一部の人間が、今、日本の山を〝喰い物〟にしている。そしてこの問題は、発端はスキーだが、近い将来、ロッククライミングや夏の登山シーンでも起こりうるだろう。さらにいえば、無資格ガイドは外国人に限らず、日本人にもいるということだ。その意味で、無資格ガイドを日本からなくしていくことが、この問題を解決するための最初の一歩だと私は考えている。
そのためには、まず一般登山者や社会に対し、無資格ガイドの危険性とともに、有資格ガイドがどれだけのトレーニングを受け、資格を取得しているかなどを周知、広報活動を業界が進めてゆくことが必要ではないか。そして彼らが先駆けとなり、正しい技術と豊かな知識、経験に裏打ちされた安全で深みのある持続可能な山岳観光の未来の形が、その先の世界で醸成されてゆくのではないか。
未来展望
無資格外国人ガイドによって顕在化したこの問題。これはガイドだけに限ったことではなく、広く一般登山者にも影響していくだろう。また、日本政府は、国立公園にさらなる外国人富裕層の誘起を計画しているという。であれば、このすばらしい山岳資源の保護を進めながら山の安全を担える人材の育成、そして、その人材を守る体制が必要になるはずだ。
一方で、将来、山岳ガイドが国家資格になることはすばらしい。しかし、無資格者を取り締まるルールがない現状では、国家資格になったからといって、それはゴールにはならないだろう。無資格ガイドに対し、はっきりとNoと言える登山界、社会になっていくことが望ましい。今こそ、山に関わるすべての人が登山者、ガイドなどの立場を超え、日本の法の整備を踏まえた議論を始めるいい機会ではないだろうか。
日本の山を、世界に誇れる山に──。
編集長の視点
近年、日本各地でのBCスキーが欧米人を中心に注目されているのは、日本の地形、地勢、自然がすばらしいことが前提にある。とすれば今後、環境保全、遭難救助等のオーバーユース問題だけでなく、異文化交流に伴う地域での軋轢も生じうるだろう。小誌では、未来の山登りの形についてみなさんと考えたい。併せて同協会との連携を図り、日本のガイド資格の今後についても報告したい。日本の山登りを作る原動力は、私たち登山者一人ひとりにある。
脚注 ※1『山歩みち』025号P29参照 ※2 日本山岳ガイド協会では現在、国際山岳ガイド、山岳ガイド(ステージⅠ、Ⅱ)、登山ガイド(同Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)、自然ガイド(同Ⅰ、Ⅱ)、スキーガイド(同Ⅰ、Ⅱ)、フリークライミングインストラクター(インドア、スポーツ、フリー)の13種の資格を認定しており、それぞれの職能を明確化している。詳しくは上記2次元コードを参照 ※3 国際山岳ガイドはもちろん日本でガイディングできるが、その試験はどの国でも難しく、絶対的な有資格者数が少ないのが現状。ちなみに日本では、同ガイド協会所属ガイド約2200人のうち、国際山岳ガイドの有資格者は約40人 ※4 富士山や尾瀬などの山岳地に直結したもの、北海道アウトドア資格や信州登山案内人などの自治体が認定する資格がある。日本の山岳ガイド資格関連団体のうち、国際山岳ガイド連盟に所属しているのは日本山岳ガイド協会のみ